ウェアラブル機器による臨床グレードのPPG測定、センサー用のAFEが省電力の鍵に

ヘルスケアやフィットネスの分野で使われるウェアラブル機器では、心拍数(HR:Heart Rate)と血中酸素飽和度(SpO2)の測定機能が必須のものになりつつあります。「あると望ましい機能」から「あって当然の機能」へと急速に移行しているということです。しかし、そうした市場の要求への対応を急ぐあまり、ウェアラブル機器のメーカーは1つの問題に直面しています。自社製品の性能について疑わしい主張を展開するセンサー・メーカーが現れ、測定品質の低下を招いているのです。日常的に使用するウェアラブル機器の場合、測定精度はそれほど高くなくてもよいのかもしれません。しかし、臨床グレードのウェアラブル機器では、測定値の質と完全性について疑いの余地があってはなりません。そうした機器の設計者にとっては、バッテリの消耗を防ぎつつ、HRとSpO2をいかに高い精度で測定するのかということが主要な課題になります。本稿では、まず従来から使われている光学式の測定方法では、なぜ電力が無駄に消費されるのか、その理由を示します。その上で、消費電力を非常に少なく抑えつつ、臨床グレードの測定を実現する方法を紹介します。その設計ソリューションでは、新しいアーキテクチャを採用したセンサーに対応可能なアナログ・フロント・エンド(AFE:Analog Front End)ICを利用します。

PPGによるHR/SpO2の測定

一般に、HRとSpO2は、光電式容積脈波記録法(PPG:Photoplethysmography)と呼ばれる光学技術を利用して測定されます(図1)。PPGでは、LEDを使用して皮膚に光を照射します(図2)。すると、皮膚の下にある血管からの反射光が返ってきます。その反射光の強度の変化をフォトダイオード(PD:Photodiode)によって検出します。つまり、PDにより受信光量に比例して生成される電流量を測定するということです。

図1. 手首に装着した機器によるHRとSpO2の測定

図2. LEDとPDによるPPG測定

PDによって生成された電流の信号は、PPG向けのAFEで調整された後、A/Dコンバータ(ADC)によってデジタル・データに変換されます。それらのデータは、システムのマイクロコントローラが実行する光学アルゴリズムによって処理されます。理論上は、LEDとPDのペアを1つ使うことでPPG測定を実現可能です。このアーキテクチャは、臨床の現場で使用される装置に一般的に採用されています(図3)。

図3. 臨床現場におけるHRとSpO2の測定

但し、臨床の現場で使われる装置の動作環境は、人々の日常生活の環境とは全く異なります。まず、臨床の現場では、患者の動きは比較的小さく、センサーが指先にしっかりと固定された状態で測定が行われます。また、照明の条件は比較的一定なので、PDによる光の検出も容易です。更に、測定用の装置にはAC電源から給電されるので、消費電力も大きな問題にはなりません。

一方、ウェアラブル機器は、一般的に手首に装着して使用されます。そのため、個人の感覚(ストラップの締め付け具合)や動きによって、皮膚との接触レベルがまちまちになります。また、照明の条件は、場所や時間帯に依存して大きく異なる可能性があります。加えて、バッテリ駆動のウェアラブル機器では、センサーの消費電力をできるだけ少なく抑えなければなりません。消費電力については、装着者ごとに肌の色合いが異なることから問題がより複雑になります。一般に、暗い色の皮膚は、明るい色の皮膚よりも灌流指標が低くなります。そのため、PPG測定を行うためにはより多くの光量が必要になります。つまり、センサーの消費電力がより多くなるということです。PPG測定に使用されるAFEについては、いくつかのアーキテクチャが考えられます。以下、各アーキテクチャの長所/短所について説明します。

単一のADCチャンネルを備えるAFE

皮膚に対する光の照射量を増やすにはどうすればよいのでしょうか。直観的な方法としては、LEDの電流を増やしたり、LEDを2個使用したりすればよいはずです。実際、図4のような構成であれば、皮膚のより広い領域に光を照射することができます。この場合、PDの数は1個なので、ADCのチャンネル数も1個です。しかし、上記の方法では消費電力が増えてしまいます。装着者の皮膚の灌流指標にもよりますが、PPGシステムの消費電力は平均で1mWにも上る可能性があります。少なくとも、そのうちの50%はLEDの電流によって消費されます。この方法は効率が悪く、バッテリの寿命にも悪影響を及ぼします。

図4. LEDを2個使用する方法。皮膚への光の照射量を増やすことができます。

2つのADCチャンネルを備えるAFE

次に紹介するのは、図5に示す方法です。ご覧のように、1個のLEDに対して2個のPDを組み合わせています。それに伴い、ADCのチャンネルは2つ用意することになります。このような構成を採用することで、より多くの反射光を検出できるようになります。

図5. 1個のLEDと2個のPDを組み合わせる方法。検出する反射光の量を増やすことができます。

この方法のメリットは、2個のPDで消費する電流の総量をPDが1個の場合と同じレベルに保ちつつ、LEDの電流を20mAから10mAといった具合に減らすことができる点にあります。皮膚の灌流指標が低い場合や、装着者が動いている場合には、測定の難易度が高くなります。そうした条件下では、システムのアルゴリズムによって、LEDにより多くの電流を流す必要があるという判断が下されるはずです。それを受けて、同電流の量を増やすよう制御を行います。LEDの電流量を増やせば、それに比例してシステムの感度を高めることができます。例えば、LEDの電流量をPDが1個の場合と同じ値にすれば、PDの電流は100%増加することになります。そのため、全体的な感度が高くなります。但し、その代償として消費電力が増加します。

4つのADCチャンネルを備えるAFE

反射光の検出に4個のPDを使用すれば、LEDに流す電流を更に少なく抑えることができます(図6)。この場合、4チャンネルのADCを使用することになります。

図6. 1個のLEDと4個のPDを組み合わせる方法

表1. 1/2/4チャンネルのADCを使用するアーキテクチャの消費電力
PD(ADCのチャンネル)の数 LEDの数 LEDの電流〔mA〕 LEDの消費電力〔mW〕 AFEの消費電力〔mW〕 トータルの消費電力〔mW〕
1 1 20 320 30 350
2 1 10 160 40 200
4 1 5 80 60 140

表1は、電源電圧を1.6Vとした場合の各アーキテクチャの消費電力を比較したものです。

このアーキテクチャを採用すれば、測定品質も向上します。腕の血管や骨は非対称に分散していますが、4個のPDを使用すれば、装着者の動きや機器の締め付け具合の影響を緩和できるからです。また、4個のPDを使用することにより、光を照射した血管からの反射光を検出できる確率も高くなります。図7に示したのは、4個のPD(LEDC1とLEDC2という2つの独立したペアとして構成)を使用してHRを測定した結果です。比較のために、リファレンスとなる測定値(凡例のPolar)も示しています。測定中は、ウェアラブル機器と皮膚の間で良好な接触状態を維持する必要があります。この例では、機器を装着した人は最初の5分間(300秒間)は安静にしており、その後、運動を開始しています。そのため、HRが上昇しています。LEDC1とLEDC2とでは、リファレンスの測定値との信号のずれ方が明らかに異なります。PDのペアを2つ使用し、このようなずれを捉えつつ測定値を組み合わせれば、明白なメリットが得られます。

図7. HRの測定結果。2つの独立したPDのペアを使用しています。

4チャンネルのADCを使用する実用的なソリューション

MAX86177」は、クワッドチャンネルに対応する超低消費電力の光学式AFE(データ・アクイジション・システム)です(図8)。臨床グレード(または汎用)のポータブル機器/ウェアラブル機器に適した製品であり、トランスミッタ用とレシーバー用のチャンネルを備えています。トランスミッタ側には、大電流に対応可能でプログラマブル(8ビット)なLEDドライバを2個備えています。それらにより、最大6個のLEDを駆動できます。レシーバー側には、低ノイズで電荷積分型のフロント・エンドを4個搭載しています。それぞれ分解能が20ビットのADCを備えており、8個のPD(4つの独立したペアとして構成)からの入力信号を多重化できるようになっています。ダイナミック・レンジは118dBであり、120Hzにおいて最大90dBの周辺光除去(ALC:Ambient Light Cancellation)性能が得られます。メインの動作電源電圧は1.8Vで、LEDドライバの電源電圧は3.1V~5.5Vです。インターフェースとしてはI2CとSPI(Serial Peripheral Interface)の両方を完全に自律的にサポートします。パッケージはサイズが2.83mm×1.89mm、28ボール(7×4)のWLP、動作温度範囲は-40°C~85°Cです。米国FDA(Food and Drug Administration)は、低酸素状態の診断に向けた臨床グレードの測定について、3.5%の二乗平均平方根誤差という条件を定めています。これについて、MAX86177のサンプルを実験室で評価したところ、3.12%という結果が得られました。つまり、同ICはFDAが定めた条件を余裕を持ってクリアしています。

図8. MAX86177のブロック図。クワッドチャンネルを備えるAFEです。

まとめ

PPGによってHRとSpO2を臨床グレードで測定できるウェアラブル機器を設計する際には、1つの課題に直面します。それは、バッテリの消耗を抑えつつ、いかに高精度の測定機能を実現するのかというものです。本稿では、それに向けた設計ソリューションとして、4チャンネルのADCを使用するアーキテクチャを紹介しました。このアーキテクチャでは、LEDとPDを1個ずつ使用する基本的なアーキテクチャと比べると、消費電力を最大60%削減できます。MAX86177は、4チャンネルのADCを使用するアーキテクチャに対応可能なAFEです。小型パッケージを採用しているので、指や手首、耳に装着して臨床グレードのHR/SpO2測定を実現するウェアラブル機器にとって理想的です。また、同ICは、体内水分量や筋酸素飽和度(SmO2)、組織酸素飽和度(StO2)、最大酸素摂取量(VO2 Max)の測定に使用することも可能です。

Andrew Burt

Andrew Burt

Andrew Burtは、アナログ・デバイセズのエグゼクティブ・ビジネス・マネージャです。デジタル・ヘルスケア事業部門に所属しています。センサー、アナログ・フロント・エンド、光学モジュール、アルゴリズムなどを対象とし、ヘルスケア製品向けのビジネス開発を担当。将来のウェルネス向けソリューションと疾病管理ソリューションの構成要素となる新たなセンサーの定義にも携わっています。オックスフォード・ブルックス大学で電気工学と電子工学を専攻しました。