Ethernet-APL:実利用が可能な知見によるプロセス・オートメーションの最適化

Ethernet-APL(Advanced Physical Layer)は、センサーやアクチュエータをイーサネットで接続するためのプロセス業界向けの規格です。2019年11月7日、IEEE(Institute of Electrical and Electronics Engineers)は、イーサネット向けの新たな物理層(PHY)規格として10BASE-T1L(IEEE 802.3cg-2019)を承認しました。Ethernet-APLはこの10BASE-T1Lをベースとしており、IEC(International Electrotechnical Commission)の下で公開される予定です。Ethernet-APLでは、イーサネットのPHY層を危険な場所で使用するための実装方法や防爆方法について定義しています。PROFIBUS and PROFINET International(PI)、ODVA、FieldComm Group®の下、プロセス・オートメーションに携わる主要な企業が連携し、Ethernet-APLをあらゆる産業用イーサネット・プロトコルに対応させてその展開を加速しようと努めています。

では、なぜEthernet-APLという規格が必要になったのでしょうか。Ethernet-APLは、フィールド・レベルのデバイス(以下、フィールド・デバイス)に対する広帯域幅でシームレスなイーサネット接続を実現します。それによって、プロセス・オートメーションに変革がもたらされます。従来は、フィールド・デバイスにイーサネットを適用するのは困難でした。電力、帯域幅、配線、距離の面で課題を抱えていたからです。また、危険区域(ゾーン0)において本質安全(Intrinsically Safe)を達成した状態でアプリケーションを運用できるようにすることも課題の1つでした。Ethernet-APLを採用することにより、それらの課題を解消することができます。加えて、Ethernet-APLは、ブラウンフィールドのアップグレードとグリーンフィールドの新規敷設の両方に対応します。それぞれで発生する課題が解決されるので、プロセス変数、2次パラメータ、アセットの状態といった情報を制御層にシームレスに伝送することが可能になります。その結果、従来は得ることができなかった新たな知見を抽出できるようになります。そうした知見により、フィールドからクラウドまでのコンバージド・イーサネット・ネットワークを利用したデータの分析、運用に関する知見の取得、生産性の向上といった新たな可能性が生み出されます(図1)。

図1. Ethernet-APLによるシームレスなイーサネット接続。プロセス・オートメーションに向けた強力なソリューションとなります。

図1. Ethernet-APLによるシームレスなイーサネット接続。プロセス・オートメーションに向けた強力なソリューションとなります。

プロセス・オートメーションにおいて、4~20mAの電流ループやフィールド・バス通信(FOUNDATION FieldbusやPROFIBUS PA)をEthernet-APLに置き換えるには、何が必要なのでしょうか。そのためには、センサーやアクチュエータに電力とデータの両方を供給できるようにしなければなりません。プロセス・オートメーションの構成要素であるフィールド・デバイスについて、既存の産業用イーサネットのPHY技術では、デバイス間の距離が100mまでに制限されています。このことが大きな課題になっていました。プロセス・オートメーションでは、最長1kmの距離に対応する必要があるからです。また、ゾーン0のアプリケーションでは、非常に消費電力が少なく堅牢なフィールド・デバイスが求められます。こうしたことから、プロセス・オートメーションの分野では、イーサネットに対応する新たなPHY技術が求められていました。その結果、策定されたのがEthernet-APLです。

Ethernet-APLは、10BASE-T1Lで採用された3つの要素に基づいています。3つの要素とは、PAM 3という変調方式、7.5MBdのシンボル・レート、4B3Tの符号化方式です。これらにより、全二重、DC平衡、ポイントtoポイントの通信が実現されます。振幅については、2種類のモードに対応しています。1つは、最大ケーブル長が1000mでピークtoピーク振幅が2.4Vのモードです。もう1つは、ケーブル長はそれよりも短距離でピークtoピーク振幅が1.0Vのモードです。ピークtoピーク振幅が1.0Vのモードが用意されているということは、防爆システムの環境内でも使用可能であり、最大エネルギーに関する厳しい制限を満たすということを意味します。10BASE-T1Lでは、電力とデータの両方を1本のツイスト・ペア・ケーブルによって伝送します。2線式の技術により、長距離の伝送が実現されるということです。

4~20mAのシステムでは、フィールド・デバイスに対して約36mWの電力しか供給することができませんでした。それに対し、Ethernet-APLでは、ゾーン0のアプリケーションに対して最大500mWの電力を供給できます。それ以外のアプリケーションに対しては、使用するケーブルにもよりますが、最大60Wの電力を供給可能です。このように、ネットワークのエッジにおいて従来よりもはるかに多くの電力を利用できるようになります。言い換えると、4~20mAやフィールド・バスが抱えていた電力に関する制限が取り払われるということです。その結果、より高度な機能を備える新たなフィールド・デバイスを利用できるようになります。例えば、より高精度の測定や、エッジにおけるより高度なデータ処理を行えるようになるといった具合です。そうすると、プロセス変数に関する貴重な知見が得られるようになります。また、フィールド・デバイス(フィールド・アセット)上でウェブ・サーバを稼働させ、それを介してそのデバイスにアクセスすることが可能になります。こうしたことにより、プロセス・フローやアセット管理の改善/最適化が促進されます。

では、そうした貴重な知見を含む豊富なデータセットを利用するためには、どうすればよいのでしょうか。そのためには、広帯域幅の通信リンクを実現する必要があります。なぜなら、知見を抽出する処理を実行するために、プロセス施設の全体に分散配備されているフィールド・デバイスからのデータセットを工場のレベルのインフラやクラウドまで伝送しなければならないからです。Ethernet-APLを導入すれば、複雑で消費電力の多いゲートウェイが不要になります。また、イーサネットをベースとし、情報技術(IT)と運用技術(OT)の両方にまたがるコンバージド・ネットワークを構築できます。そうすれば、配備の簡素化、デバイス交換の容易化が図れます。加えて、ネットワークの迅速なコミッショニング/構成が可能になります。更に、フィールド・デバイスにおけるソフトウェアのアップデートが迅速に行えるようになり、根本原因の分析やメンテナンスの作業が簡素化されます。

Ethernet-APLソリューションがもたらすメリット

Ethernet-APLを採用すれば、高価、複雑で消費電力の多いゲートウェイが不要になります。また、フィールド・バスをベースとするインフラからの脱却が容易になります。その種のインフラは分断化が激しく、データ・アイランドが形成されてしまっていることが少なくありません。フィールド・デバイス内のデータへのアクセスが制限されるということです。ゲートウェイを排除することにより、そうした既存の設備のコストと複雑さが大きく軽減されます。併せて、形成されていたデータ・アイランドも排除されます。

従来、プロセス・オートメーションでは、表1に示すような旧式の通信規格が使われていました。10BASE-T1Lは、各規格によって生じていた複数の制約を解消しています。また、10BASE-T1Lでは、敷設済みのケーブルを再利用できる可能性があります。このことは、10BASE-T1LのPHY層をベースとするEthernet-APLによって、プロセス・オートメーションの設備でブラウンフィールド・アップグレードを実現できる可能性が高いということを意味します。

表1. プロセス・オートメーション向けの通信規格
規格 4~20mAのHART フィールド・バス 10BASE-T1L
データ帯域幅 1.2kbps 31.25kbps 10 Mbps
高レベルのイーサネット接続 複雑なゲートウェイ 複雑なゲートウェイ ゲートウェイは不要、シームレスな接続
デバイスへの給電能力 40mW未満 制約あり IS:500mW 非IS:最大60W(ケーブルによる)
知識/専門技術 知識/専門技術は衰退傾向 知識/専門技術は衰退傾向 イーサネットに精通している大卒技術者が多い

Ethernet-APLに対応するデバイスと通信するには、MAC(Medium Access Control)を搭載するホスト・プロセッサか、10BASE-T1Lに対応するポートを備えたイーサネット・スイッチが必要です(図2)。

図2. フィールド・デバイスにおけるデータ用の接続。10BASE-T1LのPHY層をベースとするEthernet-APLを適用しています。

図2. フィールド・デバイスにおけるデータ用の接続。10BASE-T1LのPHY層をベースとするEthernet-APLを適用しています。

Ethernet-APLにおけるケーブル配線、ネットワーク・トポロジ

10BASE-T1Lの規格では、伝送媒体(ケーブル)については明確に定義されていません。その代わりに、チャンネル・モデル(反射損失と挿入損失の要件)が定義されています。そのモデルは、PROFIBUS PAやFOUNDATION Fieldbusで使われるType Aのケーブルとの適合性が高いので、4~20mA用の敷設済みケーブルの一部をEthernet-APLで再利用できる可能性があります。ツイスト・ペア・ケーブルは、より複雑な配線と比べて、コストが低く、サイズが小さく、敷設しやすいという特徴を備えています。

図3に示したのは、Ethernet-APLを利用する場合に想定されるネットワーク構成です。これは幹線/支線型ネットワーク・トポロジと呼ばれています。幹線ケーブルは最長1km、PHY層のピークtoピーク振幅は2.4Vであり、ゾーン1のディビジョン2に該当します。一方、支線ケーブルは最長200m、PHY層のピークtoピーク振幅は1.0Vです。これはゾーン0のディビジョン1に該当します。電源スイッチは制御レベルに存在します。同スイッチは、イーサネット・スイッチの役割を果たしつつ、ケーブルに(データ線を介して)電力を供給します。フィールド・スイッチは、危険区域内のフィールド・レベルに存在します。同スイッチにはケーブルから電力を供給します。また、同スイッチは、支線上のフィールド・デバイスを幹線に接続するイーサネット・スイッチの役割を果たすと共に、フィールド・デバイスに電力を伝送します。

図3. Ethernet-APLと10BASE-T1Lによるシームレスなエッジtoクラウドの接続

図3. Ethernet-APLと10BASE-T1Lによるシームレスなエッジtoクラウドの接続

複数のフィールド・スイッチを幹線ケーブルに接続することにより、多数のフィールド・デバイスをネットワークに接続することができます。

新たな可能性を生み出すEthernet-APL対応デバイス

Ethernet-APLを採用すれば、食品や飲料、製薬、石油/ガスといった業界において、危険な場所を含め、フィールドからクラウドまでをシームレスに接続したプロセス・オートメーション設備を実現することが可能になります。Ethernet-APLでは、利用可能な電力が格段に増えることから、より高度な機能を備える新たなフィールド・デバイスを実現できます。そうした新たなデバイスを利用すれば、クラウド・コンピューティングを利用した強力なデータ分析によって、豊富なデータセットを得られるようになります。その結果、実利用が可能な知見によって、プロセスの最適化を図ることが可能になります。また、プロセス業界には、新たなビジネス・モデルがもたらされるでしょう。更に、より複雑なプロセス製造フローを実現し、実利用が可能な新たな知見を利用して大きな価値を創造できるようになります。

既に提供されているソリューション

アナログ・デバイセズは、産業用イーサネット向けの各種ソリューションで構成されるADI Chronousというポートフォリオを提供してきました。そのポートフォリオを拡張し、Ethernet-APLに準拠する新製品も追加しています。その目的は、堅牢性が高く長距離への対応が可能な10BASE-T1Lベースのイーサネット接続を、プロセス・オートメーションをはじめとする産業分野に提供することです。10BASE-T1Lに対応する新製品としては、MAC PHYデバイスの「ADIN1110」とPHYデバイスの「ADIN1100」という2つの選択肢を用意しています。ADIN1110を採用すれば、フィールドの計測器、センサー、アクチュエータのイーサネット接続を簡素化することができます。しかも、それまでに投資を行って開発したソフトウェアやプロセッサ技術を活用しつつ、業界トップクラスの低消費電力化を実現したシステムを設計することができます。アナログ・デバイセズ独自のMAC PHY技術により、MAC層を備えていない超低消費電力のプロセッサに対してSPI(Serial Peripheral Interface)が提供され、システム全体の消費電力が削減されます。一方のADIN1100は、標準的なイーサネットに対応するインターフェースを備えています。フィールド・スイッチを開発する場合など、複雑な設計に適用することが可能です。ADIN1110/ADIN1100を使用すれば、1本のツイストペア・ケーブルにより1.7kmにわたる長距離のデータ伝送が行えます。しかも、それぞれの場合の消費電力はわずか43mW、39mWに抑えられます。さらに、SPoE(Single-pair Power over Ethernet)などの高度なパワー・ソリューションを組み合わせれば、電力とデータの両方を1本のツイストペア・ケーブルによって伝送することが可能です。

ADI Chronousの詳細や、同ポートフォリオが産業用イーサネット・ネットワークへの移行をどのように加速させるのかについてはanalog.com/jp/Chronousをご覧ください。

Maurice O'Brien

Maurice O'Brien

Maurice O’Brienは、アナログ・デバイセズの産業用接続部門の製品マーケティング・マネージャで、産業用アプリケーション向けの産業用イーサネット接続ソリューションをサポートする戦略を担当しています。前職では、アナログ・デバイセズの電源管理部門において15年にわたりアプリケーションおよびマーケティングを担当していました。アイルランドのリムリック大学で電子工学の学士号を取得しています。