エッジでのビッグ・データの分析を可能にする「10BASE-T1L」

2019年11月にIEEE 802.3cgの規格が承認されました。それにより、工場のネットワークにおいてエッジにデバイスを接続するための全く新たな手段が登場したことになります。従来のシステムでは、4~20mAの電流ループやHART®などの通信インターフェースが使われていました。IEEE 802.3cgを採用することにより、そうした旧来のインフラが抱える制約からの解放が果たされます。

IEEE 802.3cgは、産業用イーサネット・プロトコルの一種であり、10BASE-T1Lとしても知られています。その役割は、工場やプラントの最前線で稼働する基本的なデバイス(センサー、バルブ、アクチュエータ、コントローラ)と、新たなスマート・ファクトリを実現するためのインテリジェンスの宝庫であるエンタープライズ・データの間の障壁を取り払うことです。10BASE-T1Lを採用したネットワークは、データ駆動のアプローチやアナリティクス(分析)駆動のアプローチを工場の運用に適用するための変革につながる重要な要素になると考えられます。つまり、インダストリ4.0の実現に貢献するものだということです。

IEEE 802.3cgはまだ完成したばかりの規格です。それでも、産業分野に携わる技術者は、4~20mAやHARTをベースとするシステムを10BASE-T1Lをベースとするインフラに置き換える準備をすぐに始めるべきなのでしょうか。そうだとしたら、具体的にはどのようにすればよいのでしょう。

例えば、4~20mAやHARTから10BASE-T1Lへの移行が成功するか否かを左右する主要な要素としては、どのようなものが考えられるのでしょうか。

図1. 工場のネットワークに10BASE-T1Lを適用することにより、エッジにおけるビッグ・データの分析が可能になります。

図1. 工場のネットワークに10BASE-T1Lを適用することにより、エッジにおけるビッグ・データの分析が可能になります。

生産性と効率の向上を支援するデータ・アナリティクス

インダストリ4.0が導入されれば、工場のあらゆる運用方法が一新されます。インダストリ4.0の中心にあるのは、ビッグ・データを活用することにより、様々なメリットを享受したいという思いです。実際、工場の装置や施設の運用方法については、アナリティクス用の新たなソフトウェアによる変革が始まっています。データ・アナリティクスによって、一見何の関係もないように見える一連のデータからパターンが検出された結果、極めて深遠な知見が得られることは少なくありません。

工場内のデバイスから確実に取得できるデータの種類と量が多いほど、ソフトウェアによって、状態監視や予知保全といった高度な機能を支援できる可能性が高まります。一般に、4~20mAやHARTに対応するインターフェースは、データ用の帯域幅が決して広くありませんでした。その点がエンタープライズ・コンピューティング向けのインフラに統合する上でのネックになっていました。そうした既存のエンドポイントにデータ・アナリティクスを適用するのは容易ではなかったということです。4~20mAやHARTといった旧来の技術には、エンドポイントに供給できる電力量や、デバイスに対するリモート操作の範囲という面でも限界がありました。

4~20mAやHARTから10BASE-T1Lに移行することによって得られるのは大量のデータです。それらのデータを活用すれば、生産性と効率を高めることができます。一般に、ネットワーク接続を活用するスマート・ファクトリで目指すのは、予期せぬダウンタイムの削減、無駄なエネルギー消費の削減、装置などの資産の有効活用、人員の効率的な配備といったことです。10BASE-T1Lによるネットワーク接続を導入することにより、エンタープライズ・ネットワークの範囲外でセンサーなどのエンドポイントが稼働する工場やプラントの末端にまでメリットがもたらされるようになります。

より高いデータ・レート、より多くの出力電力

10BASE-T1Lに対応する装置の導入が推奨されるのは、IEEE 802.3cgで定められた一連の機能が提供されるようになるからです。10BASE-T1Lは、以下のようなメリットをもたらします。

  • 最長1kmのケーブルを使用して、最高10Mbpsのデータ・レートを得ることができます。
  • ゾーン 0 の本質的に安全なアプリケーションでは、エンドポイントに最大 500mW の電力を供給できます。そのため、4~20mA や HART を採用したシステムでサポートできるものと比べて、はるかに多様かつ高度なデバイスを動作させられます。本質的に安全ではないアプリケーションにおいても、ケーブルによっては最大 60W の電力を供給可能です。
  • 配備済みのシングル・ツイスト・ペア・ケーブルを再利用できる可能性があります。
  • ネットワークに接続されたデバイスからの診断データの取得や、ソフトウェアのアップデートなど、デバイスの管理用に豊富なオプションが用意されています。
  • 各ノードに IP(Internet Protocol)アドレスが割り当てられるので、工場のネットワークのエッジにも IoT(Internet of Things)の機能を適用できます。IP アドレスにより、ノードの監視だけでなく、リモート管理も行えます。
  • エンタープライズ・ネットワークのインフラとの統合が可能になります。

ハードウェアの観点からは、一般に10BASE-T1Lに対応する装置はごく容易に実装できると言えます。10BASE-T1Lでは、通信用の物理媒体としてシングル・ツイスト・ペア・ケーブルを使用するからです。4~20mAやHARTを採用していたシステムでは、同じくシングル・ツイスト・ペア・ケーブルが使用されている可能性があります。なお、IEEE 802.3cgは、危険な(防爆仕様の)環境への配備にも対応しています。

10BASE-T1Lを採用する初期の装置は、4~20mAなどに対応する既存のインターフェースと、新たな産業用イーサネット・プロトコルの両方をサポートするハイブリッド型のものになるでしょう。

10BASE-T1Lで成功を収めるために

アナログ・デバイセズは、インダストリ4.0の導入を進める多くのお客様を支援しています。その経験から、10BASE-T1Lの導入プロジェクトが成功するか否かを分ける重要な要素は次の2つだと考えています。

  • データに対する焦点
  • セキュリティへの対応

10BASE-T1Lに対応するための細かい実装作業を始めると、技術者はそもそもの目的を見失いがちになります。その目的とは、センサーなどのエンドポイントを適切に稼働させ、それらから得た大量なデータをエンタープライズ・レベルのデータ・アナリティクス用エンジンに供給するというものです。

10BASE-T1Lの導入プロジェクトが失敗に終わったとします。その場合、最大の原因はエンドポイントのハードウェアや物理的なインフラに存在したわけではないでしょう。おそらく問題はバックエンドに潜んでいたはずです。その問題は、新しく接続されたエンドポイントからのデータセットの処理や利用方法についての準備が不適切である場合に露呈します。

10BASE-T1Lの導入に取り組む上で、技術者は次のような疑問を念頭に置いておく必要があります。

  • センサーなどのエンドポイントから取得するデータを基に、どのような種類の知見を導出するつもりなのか?
  • それらのデータは、エンタープライズ・レベルの制御システムにどのように組み込まれるのか? エンドポイントから得たデータのフォーマットはそのままでよいのか、それとも変換が必要なのか?
  • データ・アナリティクスによって得た知見は、プロセスやシステムの改善にどのようにつながるのか?

技術者が遭遇する2つ目の重要な問題はセキュリティです。エンドポイントが10BASE-T1Lに対応するネットワークに接続されるや否や、そのデバイスに対する脅威の性質は劇的に変化します。4~20mAを採用していたときには複雑な接続は必要ありませんでしたが、実は攻撃のリスクも小さかったのです。

IEEE 802.3cgでは、すべてのノードにIPアドレスを割り当てるなど、優れた接続性を提供します。そのため、すべてのエンドポイントがエンタープライズ・ネットワークを介した遠隔攻撃にさらされる可能性があります。4~20mAやHARTを採用したエンドポイントは、物理的なファイアウォールによってネットワークから隔離されていました。そのファイアウォールは、工場に10BASE-T1Lが導入されるや否や取り払われてしまいます。

したがって、以下のような技術を実装することにより、個々のノードとネットワーク・インフラを保護する必要があります。

  • 暗号化された ID によるデバイスのセキュアな認証
  • 伝送するデータの暗号化
  • 保護されたデバイスに対する外部からのアクセスを遮断するファイアウォール
図2. 10BASE-T1Lを導入することにより、エンタープライズ・レベルのデータ・アナリティクス・エンジンに対して大量のデータを供給することが可能になります。

図2. 10BASE-T1Lを導入することにより、エンタープライズ・レベルのデータ・アナリティクス・エンジンに対して大量のデータを供給することが可能になります。

インダストリ4.0のプロジェクトの教訓を生かす

IEEE 802.3cgが承認されたことを受けて、10BASE-T1Lに対応するコンポーネントや装置の開発が加速しています。アナログ・デバイセズの場合、産業用装置のメーカーとの連携を進めています。具体的には、それらのメーカーが10BASE-T1Lを採用したネットワークに対応するシステムを提供するまで、ロードマップどおりに開発を進められるよう支援を行っています。10BASET1Lに対応する機能を備えた製品は、2021年半ばまでに市場に投入されると考えられます。

アナログ・デバイセズは、これまで長きにわたってお客様が新しい技術を導入する作業を支援してきました。それらを通して得た経験は、10BASE-T1Lに対応する製品の開発を成功に導く上でも役に立つはずです。当社の産業用オートメーション部門は、技術に焦点を絞った開発スタッフと、お客様のアプリケーションに重きを置くサポート・スタッフを擁しています。それらのスタッフを組み合わせたチームにより、お客様による新技術の実装を支援します。そのようなアプローチにより、専門技術と市場に関する知見が融合され、お客様にとって望ましい結果が導き出されるのです。

10BASE-T1Lについては、物理層の製品の準備と通信スタック全体のサポートがこのアプローチの対象範囲となります。一般に、産業用の製品は使用期間が長いので、そのことも考慮して作業を進めます。ロードマップも、産業分野のお客様の期待に応え、数十年間にわたって互換性のある10BASE-T1L対応製品を継続的に製造しなければならないことを想定して作成します。

10BASE-T1Lに対応するコンポーネントの開発は、アナログ・デバイセズをはじめとする企業によって迅速に進められています。そのため、装置のメーカーは既に産業用イーサネットに対応する新製品の開発に着手できる状態にあります。10BASE-T1Lは、産業界の企業で構成されるコンソーシアムによって標準化されました。そのコンソーシアムは、同規格の普及も後押ししています。この新たな技術は、4~20mAやHARTに代わってインダストリ4.0の普及を促進していくことになるでしょう。

図3. ADI Chronousを利用することにより、リアルタイムに対応するスケーラブルなイーサネットを実現することができます。

図3. ADI Chronousを利用することにより、リアルタイムに対応するスケーラブルなイーサネットを実現することができます。

アナログ・デバイセズは、産業用イーサネット向けの接続ソリューションとして「ADI Chronous」を提供しています。このソリューションの詳細や、産業用イーサネットへの移行に向けてもたらされる効果については、analog.com/jp/chronousをご覧ください。

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Brendan O'Dowd

Brendan O'Dowdは、アナログ・デバイセズの産業用オートメーション事業を担当するゼネラル・マネージャです。Tellabs、Apple、アナログ・デバイセズなどの企業で、30年以上にわたって産業分野の業務に従事してきました。