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10BASE-T1Sが自動車通信用イーサネット・リンクに必要とされる理由
概要
新しいIEEEオートモーティブ・イーサネット規格が次々と出現していますが、その最新規格の1つが10BASE-T1Sイーサネットです。本稿では、自動車の電気/電子(E/E)アーキテクチャの変化を決定付ける自動車産業の傾向について述べ、新しい10BASE-T1S規格がこの新しいアーキテクチャの導入をどのようにサポートし、実現するのかを解説します。
新たな機会を提供するメガトレンド
自動車メーカーは、パーソナライゼーション、電化、自律化、ネットワーク化といったいくつかの重要なメガトレンドに対するソリューションを早急に提供する必要に迫られています。OEMは、新たな機能に対応するために、E/Eアーキテクチャを大幅に変更する必要に迫られるでしょう。この大変革には難しい技術的課題が伴いますが、OEMにとっては、E/Eアーキテクチャをドメインベースのソリューションから脱却させることを考える機会でもあります。ドメインベースのソリューションは、幾世代ものプラットフォームに繰り返し行われてきたアドオンによって、扱いにくいものになっています。この大幅なアーキテクチャ変更により、OEMは優れた技術的ソリューションの実現を重視する一方で、車両のパーソナライゼーション、サービスの販売、無線(OTA)アップグレードなどの機能を通じて、新たな販売後収益の流れを加えることができます。業界は、ゾーン・アーキテクチャと呼ばれる共通の新しいアーキテクチャの方向に進みつつあり、他産業、とりわけIT分野の技術や事例を利用することに目を向けています。その結果、今や自動車は、実質的に車輪の付いたコンピュータになろうとしています。
ドメインベース・アーキテクチャが機能によって接続を決定していたのと異なり、ゾーン・アーキテクチャは物理的な位置によって接続を決定します。この変更は、車両に搭載する電子制御ユニット(ECU)の数を大幅に減らし、最大で1km1のハーネス配線を不要にします。さらに、このアーキテクチャはハードウェアとソフトウェアを分離して、サービス指向アーキテクチャ(SOA)を提供します。多くのOEMが、プラットフォームの統合化を容易にして、より機能横断的な能力を実現するエンドtoエンド・ソリューションを提供することを目標に、ソフトウェアを自社のものとするための多大な投資を行っています2。このスケーラブルなソフトウェア・プラットフォームのアプローチは、変動要素を最小限に抑え、新たな収益への流れを作る機会を提供して、長期的な研究開発投資削減への道を開くと共に、複数の車種に対応しながら開発時間を短縮します。
これらの革命的なアーキテクチャの変化には多くの課題が伴い、多くのOEMは、全体的な組織構造を変革して、個々のグループが特定分野の機能だけを提供するという体制を廃し、より統合化された機能横断的な組織へと移行することを強いられました。
自動車産業は急速にイーサネット・デバイスの主要な消費者となりつつあり、自動車へのイーサネット導入の広範な展開は、これらの新しいアーキテクチャの導入を成功させる重要な柱の1つと見なされています。イーサネットは、必要なスケーラビリティを提供して複数の速度グレードをサポートする、実績と信頼性を備えた伝送媒体であり、サービスベースのアーキテクチャをサポートすると共に、成熟した安全およびセキュリティ用のビルディング・ブロックを備えています。イーサネットは明確に定義され十分に理解されたOSIモデルであり、複雑な自動車用ネットワーク全体の管理を容易にします。
自動車産業固有の側面
イーサネットの基本概念の多くは他の産業のものを利用できますが、自動車用E/Eアーキテクチャには、新たな技術開発を必要とする固有の条件がいくつかあります。自動車用として重要な点の1つは車体重量を減らすことで、これはその車種の走行距離に直接影響します。現在使われているケーブル・ハーネスは、車体サブシステムの中で重量のかさむもの上位3種の1つに数えられています(最大約60kg)3。従来のイーサネット・ケーブルではデータ伝送に4組の差動ペアが使われていましたが、これでは重量がかさむ上に配線も複雑になるので、オートモーティブ・アプリケーションに適しているとは言えません。この問題を解決すべく、1本のツイスト・ペア・ケーブルでイーサネット伝送を行えるように、新しいIEEE規格が開発されました。これと、ゾーン・アーキテクチャによって実現されたケーブル・ハーネス長の短縮を組み合わせることによって、大幅なケーブルの短縮と重量削減が可能になりました。
10BASE-T1Sに対するニーズの要因
ゾーン・アーキテクチャという概念の発展と共に、この新しいアーキテクチャの利点をフル活用するには、エッジ部分にあるセンサーやアクチュエータまでのすべてにイーサネット接続できる必要のあることが明らかになりました。FlexRayやCANといった既存の従来型接続技術では、プロトコルの変換が必要です。通常、これはゲートウェイ内に実装されますが、コスト、複雑さ、遅延を増大させる可能性があります。100BASE-T1などの既存のオートモーティブ・イーサネット技術は、ポイントtoポイントのスイッチング接続を使用する必要があるので、エッジ接続アプリケーションをイーサネットへ移行させるためのシステム・コスト上の要求を満たしていませんでした。以上のような経緯で、この問題への対応をIEEEに求める声が上がりました。主な条件の一部を以下に挙げます4。
- 既存技術(例えばCAN(FD)など)よりも高速の通信
- FlexRayのような従来型車載ネットワーキング技術に代わる後継技術
- ECU用としてはコスト効率やエネルギー効率があま良くない100BASE-T1の代替技術
- 単純な冗長センサー回路の接続に対応できる能力
10BASE-T1Sとは
10BASE-T1S仕様は、2020年2月に発表されたIEEE 802.3cg規格の一部として策定されました。10BASE-T1Sは、オートモーティブ・イーサネット・エコシステムに欠けていた機能を提供して真のイーサネット–エッジ間接続を可能にし、ゾーン・アーキテクチャのニーズに対応します。
他のオートモーティブ・イーサネット技術と異なる10BASE-T1Sの画期的かつユニークな側面は、マルチドロップ・トポロジをサポートしていることです。このトポロジでは、すべてのノードが同じシールドなしツイスト・ペア・ケーブルで接続されます。このバス実装は、各ノードに1つのイーサネットPHYしか必要としない最適化されたBOMを提供し、他のイーサネット技術に付きもののスイッチやスター・トポロジを実装する必要がなくなります。この規格では、少なくとも8個のノードをサポートすることが仕様規定されており(さらに多くのノードもサポート可能)、最大25mのバス長が可能でなければなりません。
この規格のもう1つの新側面は物理層衝突回避(PLCA)機能で、これは、その名の通り、共有ネットワーク上での衝突を避けるためのものです。この実装では、主にネットワーク上のノード数と伝送されるデータ量によって確定的遅延の最大値が決まります。各ノードには送信の機会が1回ずつ割り当てられます。その時点で送信すべきデータがノード上にない場合、そのノードは送信の機会を次のノードに渡すので、使用可能な10Mbpsを非常に高い効率で利用することができます。
ACカップリングされたシステムの場合は、10BASE-T1Sネットワークで電源を供給することも可能です。これによってさらなるケーブルの節約とコネクタ・サイズの小型化が可能になり、配線とコネクタに関する複雑さが緩和されることで信頼性も向上します。ポイントtoポイント実装ではすでにPoDL(Power over Data Lines)の使用が可能になっていますが、マルチドロップ・トポロジをサポートするためのIEEE規格強化の一環として、規格化が進められています。
自動車産業における10BASE-T1Sの用途は広く、様々なセンサーやアクチュエータを使用することで、車体、快適性、インフォテイメント、そして目下議論されているADASなどの領域において、多くの機能を実現することができます。
まとめ
現在、自動車用E/Eアーキテクチャは革命的な変化の途上にあります。ゾーン型E/Eアーキテクチャへの移行も目前です。10BASE-T1Sはこれまで欠けていた機能を提供し、最適化されたイーサネット–エッジ間接続によってこの移行を支援します。このような動きを前進させるには、越えるべきハードルがまだいくつかあります。例えば、イーサネット接続はモジュール実装時のコンポーネントのコストと複雑さを増すと考えられています。10BASE-T1Sは、システム・コストを削減し、シグナル・チェーンを様々な形で分割することを可能にする様々な製品オプションを提供することによって、これらの懸念を直接解決します。アナログ・デバイセズは、標準化活動へ積極的に参加し、OEMと密接な関係を保ちながらそのシステム条件が満たされるようにすることを通じて、10BASE-T1Sの導入促進に積極的に取り組んでいます。
アナログ・デバイセズが提供する10BASE-T1S製品と、オートモーティブ・アプリケーションへの10BASE-T1Sの導入促進計画については、弊社へお問い合わせください。
参考資料
1 Cariad. May 2021.
2 yan Fletcher. “The Case for an End-To-End Automotive-Software Platform.” McKinsey & Company, January 2020.
3 Dan Scott. “Wiring Harness Development in Today’s Automotive World.” Siemens, July 2020.
4 10Mb/s Single Twisted Pair Ethernet Call for Interest. IEEE 802.3 Ethernet Working Group.