Thought Leadership
重要な製造指標:業務を最適化する方法
概要
製造工程の改善と最適化を進めるには、最適化の対象となる測定可能な側面を明確に定義する必要があります。これらの製造指標、つまり製造量、サイクル時間、コスト、期限内納入、そしてスループットという指標は、企業のニーズと顧客の要求の両方に対応しています。多くの場合、生産上の目標は複数存在しますが、それらは互いに相反するものとなり得ます。本稿では様々な指標について検討し、期限内納入を求める顧客の期待に留意しながら、それぞれのガイドラインを示します。
はじめに
改善と最適化を進めるには、最適化あるいは同時最適化の対象となる測定可能な側面を明確に定義する必要がありますが、これには制約が伴います。これまで、プロジェクトの健全性を追跡して評価するために、15個ないし30個以上の製造指標あるいは重要性能指標(KPI)を組み合わせた複数のセットが提案されてきました1,2,3。モデル化と最適化にあたっては、少数の重要要素に焦点を当てることが望まれます。必要なものと十分なものという2つの基準を適用することで、より少ない重要指標の組み合わせによって、製造に関係する重要なステークホルダーの期待内容(主に企業の内部で期待されるものと外部の顧客が期待するもの)を評価し、これを満たすことができます。これらの定量的基準に焦点を当てて簡潔かつ理解しやすいダッシュボードを作成することで、常に変化するプロジェクトの健全性指標を迅速に評価し、対応策を講じることが可能になります。これらの重要指標を補う定性的指標については、続編で扱う予定です。
期待と関連指標の理解
一般に、企業内の期待への対応は、財務的な理由に基づいて行われます。すなわち、製造業務は、収益と採算性という点で企業の財務的な期待に応えるものでなければなりません。外部顧客の期待は、主に品質と納入に関わるものです。すなわち、期待される品質と約束した数量の最終製品を、約束の期日までに納入することです。
企業内での期待をその出発点とする収益は、製造のスループットと密接に関係しています。Eliyahu Goldrattは、この関係性に焦点を当てたスループット会計という経営手法を提案しました4。同様に、企業の利益は、製造スループットに販売価格と単位コストの差を乗じた数値と密接に関係しています。スクラップとなった製造物は利益を生まず、企業を財務的に圧迫するので、製造量は単位コストにも大きく影響します。これらの財務的指標間の関連性は、スループット、単位コスト、および製造量が3つの重要な製造指標であることを示しています。
品質に対する外部顧客の期待も製造量に関係します。顧客の期待に基づいて製品の要求事項が決定されたと仮定すると、その製品は、顧客の期待を反映したそれらの製品要求に対してテストまたは検査、あるいは他の何らかの方法によって評価され、要求を満たさないものはスクラップにされます。したがって、製造量と品質は密接に関係しています。
納入に対する顧客の期待は、製造量と製造サイクル時間に関係しています。約束した数量の製品を納入できるかどうかは、製造ラインが期待される製造量を一貫して達成しているかどうかにかかっています。また、製品を定められた納期で納入できるかどうかは、製造ラインが期待されるサイクル時間を実現しているかどうかにかかっています。これらの顧客の期待によって更に2つの指標が追加され、最終的な重要製造指標は、スループット、単位コスト、製造量、サイクル時間、そして期限内納入の5つになります。
以上の検討に基づき、企業指標と顧客指標両方の要求を満たすには、提案されたこれら5つの製造指標で十分だと言えます。また、それぞれの指標が必要か、あるいはそのいずれかが何らかの形で冗長な存在になっていないかどうかを問うのも合理的なことです。例えば、期限内納入は製造量とサイクル時間の関数なので、製造指標から除外することはできないでしょうか。あるいは、サイクル時間は期限内納入と密接に結び付いているので、除外することはできないでしょうか。
これらの疑問に対する答えは、簡単な思考実験によって得ることができます。例えば、製造における製造量とサイクル時間に問題がなくても、顧客への納期を守れないということはあり得るでしょうか。答えは「あり得る」です。納期を設定する際に製造部門が製造量を過大に見積もってサイクル時間を過小に見積もった場合は、そのようなことが起こり得ます。また、顧客への納期を守ることができても、サイクル時間の点で顧客や社内の要求を満たすことができないということはあり得るでしょうか。この場合の答えも「あり得る」です。製造サイクル時間が非常に長いために短納期の設定ができない場合は、長めに設定した納期を高い率で遵守できたとしても、その企業は顧客を失望させることになります。また、納期が長いので、収益を得るのも遅れます。特に、競合他社のサイクル時間が短く納期も早い場合、これは不利に働きます。
したがって、以下の製造指標の組み合わせは、焦点を当て、同時最適化を進めるために必要かつ十分なものであると見なすことができます。
- 製造量
- サイクル時間
- コスト
- 期限内納入
- スループット
生産工学や製造工学に基づいてこれらの指標やKPIを個別にモデル化することは可能ですが、その場合は部分的な最適化となり、1つの指標を最適化することによって他の指標に悪影響を与えてしまうという可能性があります。したがって、複数の指標を同時に最適化するのが理想です。通常は、その企業が最も重要と考える指標を最優先して、他の指標に与える影響の受け入れ可能な限度を決める制約条件を設定します。
この同時最適化を実現するために、プロジェクトのチャーターを作成することができます。例えば、リーン・シックス・シグマやシックス・シグマ設計を行うことで、製造工程を伴うプロジェクト用のチャーターを作成できます。これらの指標はDMAIC(定義、測定、分析、改善、管理)の決定および測定段階に密接に結び付けられ、チームおよび製造工程にとってのプロジェクト成功を定義する助けとなります。各指標は行動と責任の基礎になり、チームがプロジェクトの財務上の利益を評価する助けにもなります。
「良好」、「迅速」、「安価」のいずれか2つを選択
これら3つの製造指標、つまり製造量、サイクル時間、およびコストは、「良好、迅速、安価のいずれか2つを選択」という有名な考え方に関係しています。このユーモラスな言葉は、これらの製造指標の間には避けることのできないトレードオフがあることを示唆しています。最後の言葉である「コスト」あるいは「安価」は、多くの場合、最も解決が難しいものと見なされますが、一般にビジネスの目標は、コストを最小限に抑えることではなく、最大限の利益を得ることに置かれます。したがって、より適切な目標は、製造量、サイクル時間、および収益性を同時に最適化すること、つまり3つすべてを選ぶことになります。
「良好」あるいは製造量
製造量はほとんどの製造工程の重要なパラメータで、財務成績、納入、および品質と結び付いています。製造量をモデル化すれば、将来の製造量を予測して、改善の機会に優先順位を付けることができます。製造量モデルは、工程の各ステップにおける予測製造量を、製造工程または組み立て工程全体としての予測製造量分布と組み合わせます5。表1を参照してください。
製造量モデリング - 工程ステップ | 合否データ | ベータに選択したタイプ | 分散寄与率 | ||||||||
ステップ番号 | ステップ名 | Cpk | 成功 | 失敗 | Pr(合格) | アルファ | ベータ | 平均 | 分散 | ||
1 | ステップ1 | 合否 | 0.9 | 95 | 5 | 95.0% | 96.00 | 6.00 | 94.1% | 0.00053751 | 0.000481213 |
2 | ステップ2 | Cpk | 0.95 | 99 | 1 | 99.8% | 13.97 | 0.03 | 99.8% | 0.00014541 | 0.000115823 |
3 | ステップ3 | Cpk | 0.9 | 198 | 2 | 99.7% | 13.95 | 0.05 | 99.7% | 0.00023033 | 0.000183934 |
4 | ステップ4 | 合否 | 0.7 | 99 | 1 | 99.0% | 100.00 | 2.00 | 98.0% | 0.00018663 | 0.000153988 |
5 | ステップ5 | 合否 | 0.5 | 98 | 2 | 98.0% | 99.00 | 3.00 | 97.1% | 0.00027715 | 0.000233315 |
工程の各ステップにおける成功の確率は0%~100%の範囲なので、ベータ分布のような0%~100%の統計的分布を使ってモデル化することができます。工程成功の全体的な確率も0%~100%の範囲なので、同じくベータ分布で表すことができます。幸いなことに、各ステップのベータ分布をかけあわせて各ステップの成功確率を組み合わせれば、工程成功の確率を表すもう1つのベータ分布が得られます。
工程内の1つのステップを何回か試行してみて(n回)、成功がs回、失敗が(f = n – s)回だったとすると、成功の確率はアルファ・パラメータ(s + 1)とベータ・パラメータ(f + 1)からβ(s + 1, f + 1)で表されるベータ分布により予測できます。このアプローチは、製造工程の個々のステップや、ベータ分布を使用する業務や手順の成功確率をモデル化するための有効な方法を提供します。
工程内のあるステップの成功が離散的な合否パラメータではなく連続パラメータに基づいている場合も、成功の確率をベータ分布に変換することができます。Cpkなどの連続的なzスコア、つまり製造量が良好な状態であることを示す基準は、合格(p)の確率を予測するために使用できます。しかし、ベータ分布の2つのパラメータを予測するには2つの値が必要であり、合格の確率pはもう1つの値によって補完する必要があります。
この2つ目の値には、サンプル数nを使用できます。あるいはnの値は、パラメータの分布から、Cpk、zスコア、あるいは製造量の不確実性の程度を反映するものと見なすことができます。
成功確率のアルファとベータの値はステップごとに予測できます。この予測は、離散パラメータの場合は実際の合否回数あるいは予測合否回数に基づいて行い、連続パラメータの場合はCpk、zスコア、または製造量に基づいて行います。
各ステップにおけるアルファとベータのこれらの値を組み合わせれば、工程全体としての成功確率が得られます。これは、製造工程の全体的な製造量に相当します。これらの値を組み合わせる方法の1つがモンテカルロ・シミュレーションを使用することで、もう1つがシステム・モーメント法に基づく方法です。どちらの方法でも、製造量を改善する機会の優先順位を付ける助けとなる感度分析を行うことができます。図1を参照してください。
「迅速」あるいはサイクル時間
サイクル時間は製品に関する顧客要求への対応に直接関係し、期限内納入率への影響にも間接的に関係しています。メーカーは、ある日付に製造ラインへ材料を投入することから開始し、製造サイクル時間に相当する遅延後に製品を納入します。サイクル時間の分布は、理論的な最小サイクル時間に相当する下限閾値を境界とするガンマ分布によって近似できます。サイクル時間は、Kingmanの式6(図3を参照)にあるようにボトルネックとなるステップの利用率(%)に影響されるほか、Littleの法則7,8に示すように製造ラインのスループットおよび仕掛品(WIP)在庫にも影響されます。サイクル時間も、個別のイベント・シミュレーションを使って効果的にモデル化し、最適化することができます。図2と図4を参照してください。
「収益性」あるいは粗利益とコストの比
これらの製造指標のサブセットは財務上の利得、つまり粗利益に直接結び付いています。これは利益に関係します。
この式では、製造コストを固定コストと変動コストに割り振る必要があります。固定コストはスループットと無関係ですが、変動コストはスループットに左右されます。
製造量に対する変動単位コストの比率は、製造量の最適化を通じた同時最適化のための手段があることを示唆しています。製造量の増加は「良好」さを改善するだけでなく、良品1個あたりのコストを削減するので、粗利益が大きくなります。図5を参照してください。
スループット
スループットは得られる収益を制約する一方で、多くの場合は工程のボトルネックに制約されます9。Littleの法則は、サイクル時間、仕掛品在庫、およびスループットに関係しています。スループットは収益(つまり採算性)を制限する可能性があり、サイクル時間(つまり期限内納入)にも影響を与える可能性があるので、需要に応えられるだけの十分な(あるいはそれ以上の)スループットを確保することが極めて重要です。このためには、組織が潜在的なボトルネックを特定してその解消策を講じるか、ボトルネックの影響を軽減する措置を講じるための緊急時対応計画を定める必要があります。これには以下が含まれます。
- サプライヤ内と社内工程内のボトルネックを含めて、ボトルネックとなり得る箇所を特定する。
- 十分な製造能力を確保して、他のサプライヤがボトルネックとならないようにする。
- 十分な製造量を確保して、サプライヤがボトルネックとならないようにする。
- サプライヤと社内製造に関して十分な稼働率(アップタイム)を確保する。
- 製造施設(社内製造またはサプライヤ)の稼働を停止させるおそれのある災害(ハリケーンや地震など)を想定し、対応計画を作成する。
期限内納入の収益性 – 顧客の信頼獲得
製造量を向上させることは、期限内納入の可能性、つまり約束した数量の製品を約束した期日に納入することによって顧客の信頼を獲得する可能性を、より確実なものとする助けにもなります。製造組織が生産を開始する際には、歩留まり損失を見込んで必要数以上の製品を生産することがあります。実際の製造量が想定した製造量を下回ると、納入する製品の数が約束した数量より少なくなって、顧客に不満を抱かせる結果となります。図6を参照してください。
製造量は一定だと見なす傾向があります。例えば、製造量がそれまでずっと50%だったことを製造チームが知っている場合は、2倍の数量で製品の製造を開始して、約束の数量を納入することができます。しかし、製造量は一定の分布に従います。通常は0%と100%の間のベータ分布で、平均製造量が50%であるというのは、場合によって製造量が50%の平均を下回ることもあれば、上回ることもあることを示唆しています。連続ベータ分布と離散型2項分布の間の関係と類似性は、製造量の変動が平均製造量の放物線関数に従うことを示しています。平均が50%の場合の製造量分布の変動は、平均が100%またはその近くにある、より緊密な製造量分布の場合より大きくなります。ベータ分布による製造量分布の近似、および平均偏差と標準偏差の関係を使用して、メーカーは、製造量の不確実性を許容できるだけの十分な数量で製品の製造を開始することができます。図7を参照してください。
製造指標のフローダウン
図8は製造指標のフローダウンを示しています。このExcelスプレッドシートのスクリーンショットは、実際に確立された製造ラインを示しています。製造チームがこれらの製造指標を可視化し、常に値と予測を更新することができれば、計画を立案して最適化を行い、財務成績や顧客関係に影響を与える可能性のある問題に迅速に対処できます。
ケース・スタディ:半導体企業のための製造指標改善
「世界的なマイクロチップの不足は多方面から注視されるようになっており、自動車産業における生産の停止や遅延を引き起こしています。」10自動車産業やその他の産業への主要なマイクロチップ・サプライヤであるアナログ・デバイセズも、サプライ・チェーンに関するこの問題の一部でした。経営トップは、事態を改善する方法を提案するよう製造部門に求めました。製造担当バイス・プレジデント(VP)は、シックス・シグマ・マスター・ブラック・ベルト認定を取得しており、製造指標アプローチを試してみることにしました。
ここで、焦点を当てる主要製造指標として選ばれたのは期限内納入でした。VPとそのチームは、製造施設における最新の情報をExcelワークブックに入力してこれらの製造指標をリンクさせ、Crystal BallというExcelのアドインを使って、それらの情報の変動要素と不確定要素を取り込みました。
モンテカルロ・シミュレーションの結果には期限内納入に関する高い変動性が反映されており、これは、顧客の発注や期待に対する製品納入についてアナログ・デバイセズが感じていたフラストレーションと一致していました(図9を参照)。
モンテカルロ・シミュレーションに基づく感度分析は、変動性の主な発生源が、顧客への出荷前に行うマイクロチップのテストに使用するテスト・システムの稼働率(%で表したアップタイム)であることを示していました。
これを受けて同チームには、稼働率に関するベイズ・モデルにわずかな調整を加えて、テスト・システムの稼働率をモデル化することが求められました11。作成されたベイズ・モデルはテスト・システムの稼働率向上を実現できるアプローチを示唆しており、それらの改善を行った後のテスト・システムの稼働率を予測していました。同チームはその後に改善された稼働率を製造指標モデルに入力して、モンテカルロ・シミュレーションを行いました。その結果は、マイクロチップの期限内納入率を大幅に改善できると予測していました(図9を参照)。
Conclusion
改善と最適化を進めるには、最適化あるいは同時最適化の対象となる、測定可能な側面を明確に定義する必要があります。この限られた数の製造指標(製造量、サイクル時間、コスト、期限内納入、スループット)は、企業のニーズと顧客の期待の両方に対応します。また、これらの指標は、内部ステークホルダー、企業、および顧客の要求を満たすために、同時に最適化することが可能です。
これらの製造指標はフロー・ダウンされて、要求事項の最適化と、制約を伴う最適化に必要なトレードオフと意思決定への対応の両方を可能にする式に関連付けられました。
これを半導体企業の製造指標改善に適用すれば、この能力の価値を実証するケース・スタディを提供し、結果に対する顧客とステークホルダーの満足度向上に必要な具体的決定事項とアプローチまで、問題を掘り下げることができます。
参考資料
1 Mark Davidson. “28 Manufacturing Metrics that Actually Matter (The Ones We Rely On).” LNS Research, October 2013.
2 “30 Best Accounting KPIs and Metric Examples for 2023 Reporting.” Insight Software, June 2023.
3 “Manufacturing Key Performance Indicators and Metrics.” Datapine.
4 Elihayu Goldratt. “The Haystack Syndrome: Sifting Information Out of the Data Ocean.” North River Press, 2006.
5 Eric Maass. “Perfect Your Predictions with Yield and Single-Use Reliability Modeling.” iSixSigma, June 2020.
6 J.F.C Kingman. “The Single Server Queue in Heavy Traffic.” Mathematical Proceedings of the Cambridge Philosophical Society, October 2008.
7 JDC Little. “Tautologies, Models and Theories: Can We Find Laws of Manufacturing?.” MIT Libraries, July 1992.
8 Wallace J. Hopp and Mark L. Spearman. “Factory Physics: Third Edition.” Waveland Press, August 2011.
9 Eliyahu Goldratt. “The Goal: A Process of Ongoing Improvement.” North River Press, 2004.
10 Dave Opsahl. “Overcoming Supply Chain Issues: Automotive OEMs and Suppliers Must Work Together.” Forbes, September 2021.
11 Elysar Mougharbel. “Predictive Engineering—Modeling Availability for Medical Devices.” MS Applied Project, Arizona State University, May 2017.