Thought Leadership

Giuseppe Olivadoti
Giuseppe Olivadoti,

Director of Marketing and Applications

著者について
Giuseppe Olivadoti
Giuseppe Olivadotiは、アナログ・デバイセズでデジタル・ヘルスケア事業部門を担当するマーケティング/アプリケーション・ディレクタです。2000年の入社以降、エンジニアリング、セールス、ビジネス統轄など数多くの業務に従事。欧州/米州を担当するセールス・リーダーも務めました。ノースイースタン大学で電気工学の学士号、フェニックス大学で経営学修士号を取得しています。現在はボストン地区在住です。
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患者のより良いケアを実現するセンサー技術とデジタル技術


医療の現場では、ポータブル/ウェアラブルなモニタリング機器や、ポイントオブケア向けの機器を使った新しいアプローチが採用されるようになりました。こうした取り組みは、患者の転帰の改善や公共医療施設にかかる負荷の軽減につながります。

COVID-19(新型コロナウイルス感染症)は、SARS-CoV-2というウイルスによって引き起こされます。この問題は、医療関連のイノベーションを促す新たな要因になりました。ただ、医療の提供方法については、それ以前に大規模な変革が始まっていました。2020年にパンデミックが発生する前から、デジタル技術を駆使し、よりパーソナライズされた形で患者のモニタリングや診断を行う遠隔医療の導入が促進されていたのです。その背景には、先進国で高齢化が進んでいる、モバイル・ブロードバンド接続がほぼ世界中で利用可能になっている、高度なセンシング技術が開発されているといったことがありました。新型コロナウイルスの感染が拡大した結果、医療施設の限られたスペースですべてに対応するのは難しくなりました。それに伴い、医療サービスを提供する機関は、病院以外の場所で検査やモニタリングを実施するための新技術の導入を進めています。センサー技術のイノベーションにより、現在では、自宅において臨床レベルの精度でバイタル・サインのモニタリング(VSM:Vital Signs Monitoring)を行ったり、検体の検査をポイントオブケアの形で行ったりすることが可能になりました。つまり、検査のために検体を遠くの検査機関に送付する必要がなくなり、迅速に結果を得て迅速に診断することができるようになったのです。数十年も前から採用されてきた標準的な運用体制が刷新されつつあるとも言えるでしょう。

従来の医療体制において、患者は症状が現れたときや、年に一度の定期検診で病院を訪れたときに一度きりの検査を受けていました。通常、検体は検査機関に送付され、得られた結果に基づいて診断や健康状態の評価が行われます。多くの場合、診断結果は、最初の診察からかなりの日数が経過してから通知されることになります。しかも、その診断結果は、一度きりの検査を行った、その瞬間における患者の状態に基づいて行われることになります。

従来は、バイタル・サインや症状のモニタリングに必要な高度な装置の数が十分ではありませんでした。また、そうした装置は、病院などの専門医療施設でしか利用できませんでした。その当時は、上述したアプローチは理にかなったものだったのです。

医療向けのセンシング技術が進化した結果、上記のアプローチとは根本的に異なるコンセプトが生み出される条件が整いました。新たなアプローチでは、病院で用いられる固定式の大型モニタリング装置の代わりに、以下のような機器を使用します。

  • 小型またはウェアラブルな機器
  • 消費電力が少なく、バッテリで駆動できる
  • 臨床レベルの正確な測定が可能

それにより、大規模な病院ではなく、かかりつけの医院や患者の自宅といった場所でモニタリングや検査を行うことが可能になります。患者にとっての更なるメリットとしては、パッチなどを使用するウェアラブル機器により、いつでもどこでも連続的かつ負担のない形でモニタリングを実施できるようになるということが挙げられます。

実生活を送りながらのモニタリング、より正確な診断が可能に

新しい遠隔モニタリング技術の導入を促進した要因としては、リソース不足が挙げられます。2020年に新型コロナウイルスの感染者数がピークに達した際、病院の負荷は極限に達しました。救急医療サービスに対する需要の増加により、医療体制が簡単にひっ迫してしまうことが白日の下にさらされたのです。長期的に見て有効な対策は、VSMを必要とする患者を、病床からかかりつけ医または自宅に移すことです。

ただ、リソース不足に対応することだけが遠隔モニタリング技術を後押ししていたわけではありません。ポータブル/ウェアラブルな機器によるモニタリングを導入すれば、より有意義なデータが得られるようになります。それにより、患者の転帰が改善されるのです。医療向けの新たなモニタリング技術を利用すれば、心拍数、心拍の変動、血中酸素飽和度(SpO2)、体温など、多様なバイタル・サインを追跡することが可能になります。また、連続的にモニタリングを実施することで、傾向やパターンを明らかにすることができます。それらは、医師が患者の診察/検査を1回行うだけでは取得することができません。

AI(人工知能)を活用した診断技術が並行して開発されていることから、データ・ストリームのモニタリングを自動化することも可能になります。AIをベースとするこのアプローチでは、膨大な量のデータをそのまま医師に提供するわけではありません。そうではなく、バイタル・サインのパターンをバックグラウンドでモニタリングし、医師の介入が必要なときにだけ警告を発します。疾病の前兆を検出することにより、患者は医師の指導の下で治療薬、生活習慣、食生活などを見直すことができます。その結果、以前であれば救急治療病棟に搬送されるまで気づかなかったかもしれないような症状の発現を防ぐことが可能になります。

患者は、人工的な感が強い病棟にいるとストレスを感じることが少なくありません。それに対し、自宅やかかりつけ医においてモニタリングを実施すれば、実生活における患者の健康状態の情報を得やすくなります。複数のパラメータのモニタリングが可能な最新のウェアラブル・センサーを使えば、動きや睡眠といった指標の測定値とバイタル・サインを組み合わせることができます。その結果、患者の生活様式と医療データを関連づけることが可能になります。

半導体技術によるアプリケーションの飛躍的な進化

上述した新たなモニタリング手法は、21世紀に起きた半導体技術とコンピュータ科学の進化の賜物です。

オプトエレクトロニクスの分野では、光電式容積脈波記録法(PPG:Photoplethysmography)による計測を実行できる光学センサー・ソリューションが開発されています。PPGとは、非侵襲性の光学的手法によって、心拍数、呼吸数、SpO2を算出するというものです。また、MEMS(Micro Electro Mechanical System)ベースの超小型モーション・センサーによって患者の運動量や睡眠の質といった情報を収集し、バイタル・サインのデータと関連づけることも可能になりました。

従来の病院では、VSMを実施するために消費電力の多い大型の装置が使用されてきました。それに対し、アナログ・デバイセズをはじめとする半導体メーカーは、そうした装置の測定機能をICとして提供するようになりました。その結果、皮膚に貼り付けて使用する医療用のパッチのような製品を実現することが可能になりました。その種の製品では、パッチからスマートフォンなどのホスト・デバイスに対して測定値がワイヤレスで送信されます。しかも、その種の装置はバッテリによって数日から数週間にわたって動作させることが可能です。ホスト・デバイスを介すことで、クラウド・ベースの診断サービスに測定値を安全にアップロードすることができます。その種のサービスでは、未処理の電気信号に対応するデータ・ストリームを、医療に直ちに利用できるデータに変換します。

技術的な専門知識とアプリケーションに関するノウハウの融合

スマート・ウォッチを装着したりパッチを貼付したりすることによって、患者は自分のバイタル・サインを監視できるようになります。そのために必要となる半導体とコンピューティング・システムの機能的な要件を明らかにするのは、さほど難しいことではないでしょう。しかし、それを具現化するソリューションを実装して製品を実現するのは決して容易ではありません。

アナログ・デバイセズは、ヘルスケア技術に関するイノベーションを生み出すお客様に対してサービスを提供しています。おそらく、その出発点になるのは半導体技術であるかもしれません。しかし、そこで終わってはならないことを当社は十分に認識しています。そのため、当社は技術のエキスパートと医療分野のスペシャリストから成るチームによってお客様をサポートしています。

医療分野のスペシャリストは1つの役割を担います。それは、アプリケーションに対する要件や、規制、データ・プライバシーなど、市場に固有の主要な特質について詳しく把握することです。技術だけでなく、アプリケーションについて深く理解した専門家の支援があれば、イノベーションを迅速に進めることが可能になります。また、複雑な医療用製品を開発するお客様は、高い自由度と期待する結果が得られることを確信できるはずです。

VSMの分野において、アナログ・デバイセズはアプリケーションに関する専門知識を支える基盤として開発プラットフォームを提供しています。例えば、当社はVSMの研究に向けて、複数のパラメータを対象とするオープンな腕時計型の開発プラットフォームを開発しました(図1)。このデバイスは、ウェアラブルなフォーム・ファクタの中に一連のセンサーを搭載しています。これを使用すれば、一連のバイタル・サインの測定値を連続的に取得することが可能です。それらのデータは、生物医学分野のアルゴリズムの開発に活かすことができます。

図1. アナログ・デバイセズが開発した腕時計型の開発プラットフォーム。VSMの研究に使用されます。

このデバイスには、心拍数と心拍変動を測定するためにPPGとECG(Electrocardiogram:心電図)に対応する機能が実装されています。このデバイスが内蔵するMEMS加速度センサーは、歩数の計測を担います。また、同センサーは、体動に伴うアーティファクトの影響を受けやすいアルゴリズムの改善と情報提供にも使用されます。また、別のセンサーによって、体温やインピーダンスの測定を行います。得られた値は、ストレスや体組成をモニタリングするためのアルゴリズムで利用されます。これらの機能は、医療機関や学術機関で行われる研究にも活かされます。そうした研究においては、患者の遠隔モニタリングを適用可能な新たなユースケースの評価などが行われます。

病院以外の場所で患者のモニタリングを実施できるようにすれば、明らかなメリットが得られます。上述した時計型の堅牢なシステムをはじめとする開発プラットフォームには、センサー、A/Dコンバータ、DSPといった高精度で低消費電力の超小型部品が使用されます。それらのプラットフォームは、革新的な医療機器メーカーが未来のモニタリング・デバイスを開発するための基盤になります。