要約
このアプリケーションノートでは、高精度デジタル-アナログコンバータ(DAC)に誤差を発生させる外部からの影響を分析します。ここでは、温度ドリフトを取り上げます。この誤差は、DACの誤差バジェットの一部と認識されています。この記事では、データコンバータ、電圧リファレンスの双方に起因する誤差要因について説明します。誤差ソースを理解した後、誤差を補償し、システムの目標仕様を満たすデータコンバータの指定に必要な計算を行います。
このアプリケーションノートでは、マキシムの3端子電圧リファレンスおよび高精度DACを中心に取り上げます。電圧リファレンスおよびDACの仕様は多様ですが、誤差バジェットに関係する仕様のみを取り上げます。
概要
理想的なデジタル-アナログコンバータ(DAC)は、完全な直線性を備え、温度をはじめとする多くの外部影響に左右されないアナログ出力電圧または電流を生成します。とは言うものの、DACは、当然のことながら多くの外部要因、とりわけ温度に起因する誤差を伴います。温度が変化すれば、DACがドリフトする可能性があります。このことは、高精度DACを用いて正確なバイアス値を設定する際に特に重要な意味を持ちます。あらゆる誤差は室温で較正されますが、温度に起因する変動の補償は遥かに困難です。温度で最もドリフトする誤差は、オフセット誤差およびゲイン誤差が大半です。
このアプリケーションノートでは、温度によりDACのオフセット誤差およびゲイン誤差がどのように特定されるかを説明します。これにより、設計プロセスにおいて設計者がどのように誤差を予測することができるかが分かります。ここで得られた知識は一度理解してしまえば、システムが、温度に対して求められる仕様を確実に満たすために役立てることができます。
オフセット誤差とゲイン誤差
上述のように、DACの性能は、オフセット誤差やゲイン誤差をはじめとする数多くの誤差ソースの影響を受けます。これらの要因は、DACデータシートの「静的精度」の項に詳述されています。
MAX5134 16ビットクワッドDACの誤差の一例を
図1に示します。
注4:GNDおよびAVDDの100mV以内でテストされたゲインおよびオフセット
図1. MAX5134のオフセット誤差およびゲイン誤差
これらの仕様は、DACの性能にとって実際にどのような意味があるのか?
オフセット誤差は、DACの実際の伝達関数がどれくらい単一点で理想に整合するかを決定します。ユニポーラ出力については、これはコードゼロにおいてです。この誤差はよくゼロコード誤差と呼ばれます。バイポーラ出力の場合は、これはDAC出力がゼロを通過する点においてです。
ゲイン誤差は、伝達関数のスロープの尺度です。サンプルデバイスのスロープは、理想スロープの99.5%~100.5%の間です。
理想的なオフセット誤差とゲイン誤差を図2に示します。オフセット誤差とゲイン誤差にはプラスとマイナスの両方がありますので注意してください。
図2. オフセット誤差およびゲイン誤差
オフセット誤差およびゲイン誤差は、通常は直接測定されません。ユニポーラデバイスがマイナスのオフセット誤差を示した場合、コードゼロにおける測定は誤った結果になります。これに関する説明は、実際のところ簡単です。理論的に、マイナスのオフセット誤差が存在すれば、出力は、コードゼロにおいてマイナスになるはずです。ユニポーラDACの場合、一般的にプラス電源しかないためこの状態が発生することはありません。したがって、2つの点で測定が実施され、オフセット誤差およびゲイン誤差が計算されます。一方の点はコードゼロに近い位置、もう一方の点は最大コードに近い、あるいは場合によっては最大コードの位置になります。たとえば、MAX5134は、100mV以内のアースとAVDD (図1の注4で述べるアナログ電源電圧)で試験されます。
次に、温度の影響を考えてみましょう。オフセット誤差、ゲイン誤差のいずれも温度の変化に合わせてドリフトします。このことは、DACを用いて正確なバイアス値を設定する際に特に重要です。固定オフセット誤差およびゲイン誤差は、さまざまなテクニックを用いて較正することができます。(これに関するアイデアの一部については、アプリケーションノート4494 「
データコンバータシステムにおけるゲイン誤差の較正方法」をご覧ください)。しかし、温度ドリフトの較正は、最初に温度を測定しなければならず、さらに、温度に応じて変動補償を適用しなければならないため遥かに複雑です。
計算例および標準的な結果
MAX5134を例として、数多くのデバイスで観察される最大静的誤差を計算してみます。最初に、誤差の程度を計算することができる式を定義する必要があります。
VOUT = N × G × (GE + GET) + OE + OET
ここで、 |
VOUT = 出力電圧 |
N = DACコード |
G = DACゲイン |
GE = DACゲイン誤差 |
GET = 温度の影響による追加ゲイン誤差 |
OE = DACオフセット誤差 |
OET = 温度の影響による追加オフセット誤差 |
VREF = リファレンス電圧 |
NMAX = 最大DACコード |
オフセット誤差ドリフトは±4µV/℃と特定されています。このドリフトは、ボックス法によって特定されます。(詳細については、アプリケーションノート4300 「
Calculating the Error Budget in Precision Digital-to-Analog Converter (DAC) Applications」をご覧ください)。温度の変化に対するオフセットを判断するため、ドリフトに指定温度範囲を掛けます。これは、該当する部品の指定動作範囲であり、アプリケーションの動作範囲ではないことに注意してください。この場合、動作範囲は-40℃~+105℃です。したがって、温度の変化に対するオフセットドリフトは±0.58mVです。同様に、ゲイン温度係数は2ppm/℃と定められます。この係数は、±0.029%FS (フルスケール)トータルに等しい値です。
最初の例として、VREF = 2.5Vを使用します。この場合、16ビットDACを使用するのでNMAXは65535となります。
ここで、ちょっとした問題があります。オフセット誤差およびゲイン誤差は、「最小/最大」値として定められており、これは有用です。しかし、温度の影響は、標準(typ)値として定められるに過ぎません。これらの標準値を使用するか、あるいは経験によりすべてのロットで標準値がどのように変動するかを概算することができます。差し当り、typ値のみを使用します。
初期誤差対コードを含めた出力電圧をプロットすると、図3に示すようなグラフになります。これは実際のDACのグラフであるため、図2よりも線同士が遥かに接近しています。したがって、理想値からの偏差をプロットするのがより賢明です。偏差をプロットしたグラフを図4に示します。図4には、温度の影響を含む総誤差も示されています。
図3. DAC出力対コードの例。ゲイン誤差およびオフセット誤差の程度が示されています。VREF = 2.5V。
図4:DAC出力誤差対DACコードの例。VREF = 2.5V。
初期誤差と比較して温度の影響が遥かに小さいことが一目で分かります。したがって、データシートが、温度の影響に対するtyp値のみを定めている場合であっても、総誤差がこれによって大きな影響を受けることはありません。総誤差は、コードゼロにおいて±0.423%FS (±10.6mV)、最大コードにおいて±0.952%FS (±23.8mV)です。
ある程度改善の余地はあります。リファレンス電圧が上昇した場合、ゲイン誤差は、%FSとして定められているため絶対項が増加します。しかし、オフセット誤差の絶対項が変化することはありません。したがって、リファレンス電圧の上昇の影響により、フルスケール電圧が上昇します。さらに、必要な電圧に応じてDAC出力を外部で分割することができます。これにより、ゲイン誤差を元の値に応じて効果的に再分割することができます。ただし、オフセット誤差も分割されます。このようなスキームの効果を図5に示します。
図5. DAC出力誤差対DACコードの例。VREF = 2.5V。
総誤差は、コードゼロにおいて±0.212%FS (±5.3mV)、最大コードにおいて±0.740%FS (±18.5mV)です。
当然ながら、出力デバイダに伴う誤差は一切無視しています。しかし、このアプローチは、高精度電圧デバイダを使用することができるという点で妥当です。たとえば、
MAX5490電圧デバイダは、温度の変化に対して±0.05%の比率精度を実現しています。当然ながら、DACの出力の分割には、ドライブ能力の損失という欠点があります。この損失は、アンプを使用して回復することができますが、これにより誤差そのものが大きくなる可能性があります。この問題に対する対策は、このアプリケーションノートの主題から外れるためここでは述べません。
結論
DACに影響及ぼすオフセット誤差およびゲイン誤差を定義しました。存在する可能性のあるワーストケースの誤差の計算方法を一例を挙げて説明し、代表的な例を紹介しました。さらに、総誤差を低減することができる方法を提案しました。