要約
このアプリケーションノートでは、マキシムの第2世代TD-SCDMA無線周波数トランシーバチップセットと、そのV2.1リファレンス設計を紹介します。また、感度とブロッカのテストなど、最適なTD-SCDMA RF設計を作るために慎重に検討すべき、いくつかのシステム上の重要事項についても解説します。
マキシムのTD-SCDMA RFトランシーバチップセット
マキシムのTD-SCDMA携帯電話RFチップセットは、MAX2507 (Tx)とMAX2392 (Rx)で構成されます。どちらのRF ICも、マキシムの自社技術である高周波数プロセステクノロジを使用して製造されます。MAX2507は、アナログI/Q入力からパワーアンプ出力までの回路を含んだ、全機能内蔵のトランスミッタチップです。主な機能ブロックとして、I/Q直交変調器、アップコンバータ、可変利得アンプ(VGA)、RF電圧制御発振器(VCO)と位相同期回路(PLL)、IF局部発振器、およびRFパワーアンプ(PA)が含まれます。このデバイスは、7mm×7mmのLGA (ランドグリッドアレイ)パッケージに封止されています。それと対になるゼロIFレシーバMAX2392には、低ノイズアンプ(LNA)からアナログI/Q出力までの回路が含まれています。主な機能ブロックとして、LNA、RF I/Q復調器、RF VCOおよびPLL回路、ベースバンドチャネル選択フィルタ、DCオフセット補正回路、および自動利得制御(AGC)ベースバンドアンプがあります。MAX2392は、5mm×5mmのQFNパッケージに封止されています。OEM無線RF基板の設計を容易にする完全なリファレンス設計が、有効全体サイズ6.6cm2のPCBに実装されています。リファレンス設計の機能ブロック図を図1に、リファレンスボードの写真を図2に示します。
TD-SCDMA規格のRx要件
TD-SCDMA規格の主なRx要件を表1に示します。要求最低感度は-108dBmであり、周波数オフセットで急峻な減衰量を持ったブロッキング仕様となります。
図1. TD-SCDMAリファレンス設計の機能ブロック図
図2. TD-SCDMAリファレンス設計ボード
表1. TD-SCDMAのRx要件
一般的要件 | ||
Description | Spec | Note |
Frequency Band | 2010MHz to 2025MHz | — |
BER | < 0.001 | — |
Eb/Nt | 5.2dB | |
Rx Sensitivity | -108dBm | 12.2kbps data rate |
Maximum Input Level | -25dBm/1.28MHz | DPCH_Ec/Ior is 7dB |
Adjacent Channel Selectivity (ACS) | 33dB | ±1.6MHz frequency offset |
Receiver System NF | < 6.8dB | Customer proposed |
I and Q Output Power | 1VP-P with 2kΩ loading | Customer proposed |
I and Q LPF Requirements | -40dBc at 5.12MHz, -3dBc at 800kHz, Bessel response with 3° phase delay and 0.2dB amp ripple below 640kHz |
ブロッキング要件 | ||
In-Band Blocking | Case 1 | Case 2 |
Blocking Offset | ±3.2MHz | ±4.8MHz |
Desired Signal Level | -105dBm/1.28MHz | -105dBm/1.28MHz |
Undesired Signal Level (Modulated) | -61dBm/1.28MHz | -49dBm/1.28MHz |
帯域外ブロッキング | ||||
Parameter | Band 1 | Band 2 | Band 3 | Unit |
Desired Signal Level | -105 | -105 | -105 | dBm/1.28MHz |
Undesired Signal Level (CW) | -44 | -30 | -15 | dBm |
Frequency Band | 1840 < f < 1885 1935 < f < 1995 2040 < f < 2095 |
1815 < f < 1840 2095 < f < 2120 |
1 < f < 1815 2120 < f < 12750 |
MHz |
感度とブロッキングの仕様の分析と測定結果
受信感度は、RFチャネルの信号品質とDSPモデム部分のベースバンド処理に極めて大きく影響されるシステム仕様です。最小の入力信号レベルの条件下では、RFチャネルの品質は純粋にレシーバの雑音成分によって制限されます。これは、その雑音指数(NF)によって決まります。これらの信号条件下では、レシーバの位相雑音については考慮していないことに注意してください。そのレベルが、熱雑音に比べてはるかに小さいためです。したがって、レシーバの位相雑音は入力SNRの劣化に極めて小さな影響しか及ぼしません。3GPP TR 25.945規格[3]では、受信感度の仕様は-108dBmとされています。標準的なベースバンドのプロセスゲインおよび復調後の所要BERに基づくと、この受信感度は最大9dBのレシーバNFに相当します。図1に示したTD-SCDMAリファレンス設計の受信系におけるNFの実測値は、約5.7dBです。したがって、それに対応する感度の実測値は-111dBmであり、これは規格の仕様に対し更に3dBのマージンがあることになります。
帯域内ブロッカが受信性能に与える影響は、混変調、2次相互変調成分、および相互ミキシングの3つの現象として現れるのが一般的です。以下の3つの項で、これらについて検討します。
混変調
図3. 混変調成分
図3は、アンプやミキサのような非直線コンポーネントで発生する混変調現象を示しています。図の中で、f1の信号は、特定の帯域幅を持つ変調されたブロッカであり、f2のCW信号は、希望波を表しています。アンプの出力では、f2を中心とした希望波スペクトルの周辺に三角形の混変調成分が生じています。この混変調成分は、一般的にそのコンポーネントの3次非直線性に関連しており、したがってその3次インターセプトポイントに関連しています。ブロッキング信号がガウス雑音に似た正規分布を示す場合、その結果生じる混変調成分の電力は次式を使って見積もることができます。
入力信号も変調されている場合、出力成分の形状は三角形と信号電力スペクトル密度関数のたたみ込みになります。ブロッカの特性がガウス雑音に似た正規分布から離れるほど、混変調成分は小さくなります。干渉信号が、一定のエンベロープを持つ変調ブロッカと考えられる場合、混変調成分はゼロになります。
3GPP TDD規格では、±4.8MHzのオフセットにおける-49dBmの変調された干渉源に対して3dBの感度劣化が許容されることになっています。感度の劣化が混変調成分にのみ起因すると考えると、感度付近での混変調成分の電力がレシーバの帯域内熱雑音の電力に対して小さい値である限り、この性能レベルを達成可能です。レシーバの雑音指数が規格の要求通り9dB未満であると想定すると、混変調によって決まる等価なレシーバの3次インターセプトポイントを式2から導くことができます。
2次相互変調成分(IM2)
図4. 2次相互変調成分
変調されたブロッカに起因する2次相互変調成分は、図4に示すように、DCオフセット、0Hz付近の低周波成分、および2f1付近の成分の、3つの要素で構成されます。ブロッカの信号統計データがガウス雑音に似た正規分布を示す場合、この3つの要素の電力は等しくなり、図4に示す公式を使って見積もることができます。ブロッカの信号統計データが一定エンベロープ信号のものに近付くと、低周波成分の電力レベルが最小になります。干渉信号が一定エンベロープブロッカである場合、出力に生成される低周波数IM2成分は存在しません。ゼロIFレシーバのI/Q出力では、これらの低周波数およびDC IM2成分が希望するダウンコンバート先の信号帯域に一致し、結果としてレシーバ性能が劣化する可能性があります。MAX2392のレシーバ回路では、DCオフセットがチップ上で除去されます。したがって、レシーバの干渉バジェットを検討するに当って計算に入れる必要があるのは低周波数IM2成分だけです。
3GPP TDD規格では、±4.8MHzのオフセットにおける-49dBmの変調された干渉源に対して3dBの感度劣化が許容されます。混変調の場合と同様、感度の劣化が低周波数IM2成分にのみ起因し、レシーバのNFが規格の要求通り9dB未満であると想定すると、式3に示すように、必要なレシーバの2次インターセプトポイント(IIP2,RX)を見積もることができます。ダウンコンバートされた帯域内ブロッカがミキサ後のベースバンドチャネル選択フィルタで除去されると仮定すると、レシーバの2次インターセプトポイントはゼロIFダウンコンバートブロックの2次インターセプトポイントだけで決まることになります。
注:-3という項は変調指数に依存します。
MAX2392には4種類の動作モードがあります。高利得高直線性(high-gain high-linearity:HGHL)と高利得中直線性(high-gain medium-linearity:HGML)の2つのモードは、大きなブロッカが存在する状態で微弱な信号を受信する場合に推奨されます。どちらのモードも、リファレンス設計のレシーバ部分に関する実測値がIIP2,RXが+15dBm以上となり、少なくとも12dBのマージンで規格の要件を満たします。
位相ノイズと相互ミキシング
3GPP TD-SCDMA規格では、VCOの位相雑音については明確な仕様を規定していません。代わりに、それに依存する他の仕様から導かれることになります。前述のように、トランスミッタのEVMはトランスミッタのVCO+PLL位相雑音に影響されるパラメータの1つですが、無線に対して厳しい位相雑音の要件を課することはありません。受信感度も局発の位相雑音に依存しますが、これも(16QAM変調の場合でさえ)無線に対して厳しい位相雑音の要件を課することはありません。局発の位相雑音に厳しい仕様を課する傾向のある2つの仕様として、ブロッキングと2トーン相互変調特性に関する最低要件があります。これらの必須仕様は、相互ミキシングと呼ばれる現象、すなわち図5に示すような、干渉源に対する局発の側帯波雑音の変調として現れます。
図5. 干渉源に対するLO位相雑音の相互ミキシング
ブロッキングと2トーン相互変調の要件に関する議論の中で触れたように、受信感度はこれらのテストシナリオにおいて3dBの劣化が許されています。すべての劣化が位相雑音の相互ミキシングに起因するものであり、レシーバの雑音指数が規格の要求通り9dB未満であると仮定します。その場合、次式を使って必要な局発の位相雑音を求めることができます。
ブロッキングと2トーン相互変調のテストケースで触れた最大干渉電力は、希望する信号の中心周波数から±3.2MHzのオフセットにおいて-46dBmです。この値を上の式に代入すると、搬送波から3.2MHzのオフセットで-119dBc/Hz未満というレシーバの局発位相雑音に関する要件が得られます。MAX2392のVCOの位相雑音実測値は-129dBc/Hzであり、10dBのマージンでこの要件を満たしています。
帯域外ブロッキングについては、LNAの前にSAWフィルタを入れることで、すべての帯域外干渉が許容レベルに抑制され、LNAの飽和を避けることができます。LNA出力におけるブロッカのレベルはミキサのIP2およびIP3に比べてすでに十分に低いため、LNAとミキサの間のSAWフィルタは必要ない可能性があります。また、段間フィルタによって必要なバラン機能を提供しているため、その追加フィルタのメリットとしては、余分なコストが掛からないことです。たとえば、±85MHzオフセットにおいて、規定されたブロッカは-15dBmであるとします。SAWフィルタが30dBの減衰量をもつ場合、LNAにおけるブロッカのレベルは-46dBm (T/Rスイッチによる1dBの損失を含む)という、帯域内ブロッカレベルと同様の値になり、前述のIM2とIM3による手法で分析可能です。実測結果は、各ブロッカテストにおいて3GPPの要件に対し少なくとも3dBのマージンがあることを示しています。
まとめ
マキシムのTD-SCDMAリファレンス設計V2.1は、主要なレシーバの仕様のすべてについて、少なくとも3dBのマージンで3GPP規格の要件を完全に満たしています。