予防保全が注目される理由
現代の様々な工場では、システム障害による予定外のダウンタイムが米国だけで1,400万時間も発生しており、その結果として数十億ドルの損害が生じています。このような事態を防ぐために、工場では通常、コストのかかる巡回ベースの方法を採用し、装置の状態を評価するために専門技術者を使ってデータを収集したり、システムに発生し得るすべての故障の可能性を確実に検知することは望めず最適とはいえない様々なセンシング・ソリューションを利用したりしています。
現在ではインダストリ4.0(インダストリアルIoTまたはIIoTとも呼ばれる)がかなり軌道に乗ってきており、産業分野の顧客は、装置のアップタイムを増やして運用コストを減らし、装置寿命を延長して労働者の生産性を高めるソリューションを展開することを、今まで以上に重視するようになっています。予防保全ソリューションは、装置に関するデータを収集する各種のセンシング技術を組み合わせると共に、高度な分析手法とアルゴリズムを採用して、装置の状態に関する実用的な保全情報を引き出します結果として、このアプローチは全体的な産業生産性を30%以上向上させるものと見込まれています。
一般的な需要の1つが、設置も使用も容易な、ハードウェアとソフトウェアを組み合わせたフル・ターンキーのワイヤレス・ソリューションです。産業界は、専門技術者が手動でデータを集めたり、専用のネットワークを設定して維持したりする必要のないソリューションを求めています。
スマート・モータ・センサー(SMS)とその動作
スマート・モータ・センサー(SMS)は、柔軟でそのまますぐに使えるエンドtoエンドのセキュリティの高いワイヤレス予防保全(PdM)ソリューションであり(図1)、アナログ・デバイセズのソフトウェア、ハードウェア、そしてこの分野に関する知識と経験を電気モータに組み込むことによって、電気モータの予防保全のためのスケーラブルでセキュリティの高い手段を提供するものです。
スマート・モータ・センサー(SMS)はアンドロイドおよびiOS用のモバイル・アプリケーションで動作し、センサーを簡単にセットアップできるほか、展開データを確認したり、重要イベントに関する通知やアラートをアプリケーションで受け取ったりすることができます。クラウドにホストされたダッシュボードには、機器の状態診断と故障検出に関するあらゆる概要と、各モータの状態についての詳細な情報とグラフィックが、電気モータによく発生する故障を検知するためのAIベースの分析結果と共に表示されます。
このバッテリ駆動SMSデバイスは、アナログ・デバイセズのMEMSセンサー、高精度コンバータ、およびシグナル・チェーンを組み合わせたものです。SMSデバイスに組み込まれたファームウェアは、モータの様々なパラメータ(振動、温度、回転数、磁束など)を収集し、そのデータを処理のためにWi-Fi接続経由でバックエンド・クラウドへ安全に送信します。ウェブ・アプリケーションに組み込まれてクラウド上で実行される人工知能(AI)エンジンがこのデータを分析して、モータの状態を監視します。
このシステムは、モータによく発生する9種類の電気的および機械的故障を予測することができ、いずれかの故障を検出するとプッシュ通知か電子メールを送信して、講じるべき適切な対策についてユーザに通知を行います。スマート・モータ・センサー製品スイートは、エンドtoエンド・ソリューションとして直接使用するか、REST APIを通じて使用することができます。
センサーtoクラウド・ソフトウェアの構成要素
SMSソリューションに必要なソフトウェアを構築するために利用された、アナログ・デバイセズ製センサーtoクラウド・ソフトウェアのフレームワークを図3に示します。このセンサーとクラウド間の安全なソフトウェア・フレームワークは、フル機能のソリューションについての要求を満たす助けとなり、実際に収集したデータから実用的な保全情報を得るために、様々な要素を1つのシステムにまとめるという煩雑さや複雑さを避けることができます。
また、このフレームワークは再利用性を向上して製品市場投入までの時間を短縮し、ソフトウェア・チームが、その分野に適した製品専用ソリューションの開発に集中できるようにします。
機能性やスケーラビリティと共に、模範的なベスト・プラクティスやプロセスはこのフレームワークの極めて重要な部分であり、最も信頼性の高い安全なソリューションを実現します。このソフトウェア・フレームワークは、ユーザ中心の視点に基づく新たな顧客エンゲージメントへのアプローチから、効率と適合性を実現するためのDevOps原則の自動化まで、推奨されるベスト・プラクティスと実績あるプロセスを具現化するものです。
SMSクラウドとウェブ
OtoSense SMSクラウド・バックエンドは安全なソフトウェア・フレームワークを基に構成されており、このフレームワークを拡張するものです。クラウド・インフラストラクチャの構成要素を図4に示します。図5に示すように、このアプリケーションは、複数顧客による利用への対応と確実なデータ分離を実現するために、マルチテナント化されています。固有のカスタム・ラベル・パートナー・バージョンを使用すれば、モータ修理業者やモータ販売店、その他の業者が簡単にそのロゴやブランドを追加して、その顧客にSMSを直接販売することも可能です。パートナーは、何回かクリックするだけで新しい顧客テナントをシームレスに作成することができます。必要なすべてのアーキテクチャは自動的に作成され、招待の電子メールが顧客に送られます。
SMSモバイル・アプリケーション
アナログ・デバイセズのOtoSense SMSモバイル・アプリケーションは、コードの再利用性を優先して設計されています。図6に示すように、コア・アプリケーションは、SMS通信モジュール、API通信モジュール、コア・アプリケーション・モジュール(表示とナビゲーション)を含む複数のモジュールで構成されています。
これらのモジュールは、すべてのカスタム・ラベル・パートナー・アプリケーションに再利用できます。それぞれの新しいカスタム・ラベル・アプリケーションには、パートナーのブランドが追加されたUIコンポーネントやAPI構成を含む、新たな構成セットが作成されます。このソフトウェア・アーキテクチャは、モバイル・アプリケーションの開発チームが新しいパートナー・アプリケーションを敏速かつ簡単に作成したり、すべてのパートナー・アプリケーションに効率的に新しい機能やアップデートをリリースしたりすることを可能にします。
SMS AIエンジン
アナログ・デバイセズのOtoSense AIプラットフォームは、検知データの解釈に関するあらゆる課題を解決することができます。このプラットフォームを利用して、スマート・モータ・センサー・ソリューションの機械学習コンポーネントが実装されました。
すべての負荷、回転数、および温度範囲における電気モータの最適動作を示すデジタル・ブループリントの作成には、電気モータに関するアナログ・デバイセズの深い知識が生かされています。しかし、販売された各モータの動作は、この初期モデルとは異なります。モータは、使われる環境、使用法、および実施される保全業務に応じて、それぞれ固有の動作を示します。
アナログ・デバイセズのOtoSense SMSをモータに取り付けると、SMSは最初にそのモータがブループリントとどう違うのかを把握するためのデータを取得して、SMSエッジ・デバイスが取り付けられたモータ専用のデジタル・ツインを作成します。そこからOtoSense SMSは、まったく同じ運転条件でモータを運転しながら、そのモータから得られたデータとデジタル・ツインを比較します。実際のモータとそのデジタル・ツインの動作が大きく異なる場合、OtoSense SMSはその違いを分析し、最も可能性の高い根本原因を推定して、異常の存在、その原因、および問題を解決するために講じるべき措置をユーザに通知します。
このシステムは、以下に示す9種類の一般的な問題を検知することができます。
- モータ電流が非対称になる可能性があるモータ電源システムの異常。
- いずれかのモータ回転部品の重心がずれていることによる機械式ローターのアンバランス。
- モータとモータ負荷間のアライメント喪失。
- モータ電流の非対称を引き起こすモータ・ステータの異常。
- ステータとローターの同心度が維持されていない場合のモータの機能不良。
- 通気孔の閉塞やファンの停止などのモータ冷却システムの問題(モータが独立通気式の場合)。
- ローター・バーや短絡リングといったローター能動部分の不連続性その他のローター異常、または銅製ローターの溶接の問題
- 潤滑不足や、インナーおよびアウターレース/ケージ/回転部品の不具合などのベアリング異常。
- モータを運転ベンチに固定するシステムの問題(脚部が柔らかい/緩いなど)
SMSファームウェア
このSMSに組み込まれたファームウェアは、SMSが取り付けられたモータの様々なパラメータ(振動、温度、回転、磁束)を収集し、処理のために、Wi-Fi接続経由でそれらのデータをバックエンド・クラウドへ安全に送信します。SMSファームウェアは、iOSまたはアンドロイドのスマートフォンとWi-Fiインターフェースを介して接続し、デバイスの設置とプロビジョニングができるようにします。このファームウェアは、展開時と展開後にデバイスのトラブルシュートを行うための診断情報を提供し、無線を使用して安全にアップデートすることができます。
SMSファームウェアは、ポータブル・サービス指向のアーキテクチャをベースとするフレームワークを使ってビルドされています。このフレームワークは、他のIoTアプリケーションにも再利用できるように、アプリケーション非依存のサービスAPIでラップされた、モジュール方式の再利用可能機能ブロックで構成されています。また、アプリケーション開発者は、サービスAPIを使い、アプリケーション固有の信号処理機能とアルゴリズムを簡単に製品へ組み込むことができます。図7に、このフレームワークの機能ブロックを示します。
エンドtoエンドのセキュリティ
アナログ・デバイセズのOtoSense SMSは、そのすべてが、SMSのデータおよび保全情報の正確さと精度を確保する業界最良のセキュリティ・プロトコルと制御を高い信頼性で処理し、途切れることなく送信できるように設計されています。また、アクセスできるのは許可されたOtoSense SMSユーザだけで、アクセスはいつでも可能です。
それぞれのSMS顧客はOtoSenseクラウド上に専用のアカウントを持ち、すべてのデータ(センサー・データ、保全情報、アカウント情報など)は、顧客IDをトップレベル・パーティション・キーとしてパーティション分割されます。顧客データへのアクセスはその顧客アカウントのメンバーだけに制限され、アクセス許可は、実績あるクラウド・サービス・プロバイダによって提供されるIDおよびアクセス管理サービスを介して実行されます。
ユーザ・アカウントの作成、管理、およびユーザ名/パスワード・ログイン・セキュリティ(パスワード・リセット機能を含む)は、実績あるIDおよびログイン・サービス・プロバイダが提供する、信頼できるユーザ管理および認証サービスを利用します。これにより、モバイル・アプリケーションとウェブ・ダッシュボードの両方から、安全で確実なユーザ・ログインが可能になります。
SMSデバイスとウェブ・アプリケーション間のセッションは、相互認証TLSのみを介して確立されます。SMSデバイスとの間でやり取りされるすべてのデータは、MQTT-over-TLSプロトコルを介し暗号化された上で送信されます。これには、センサー・データ、SMSデバイスに送られるコマンド、展開されたSMSデバイスに送信される無線アップデートが含まれます。
まとめ
すべてのソフトウェア構成要素と、MEMSセンサー、高精度コンバータ、シグナル・チェーンといったアナログ・デバイセズの先進技術、そして電気モータに関するその豊富な知識と経験がまとめられて、電気モータの予防保全にすぐに使えるフル機能ソリューションが構成されています。このセキュリティの高いエンドtoエンドのソリューションは、装置のアップタイム増大、運用コスト削減、装置寿命の延長、そして労働者の生産性向上を実現するための、信頼できる保全情報を提供できるように設計されています。
スマート・モータ・センサーのより詳細な説明については、otosense.analog.com/predictive-maintenanceを参照してください。