インダクタの選択はDC-DCコンバータの性能のトレードオフ問題

2007年05月07日
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要約

ほとんどのDC-DCスイッチングコンバータのインダクタはコスト、抵抗、および電流性能によって選択されます。そのような多くのアプリケーションではインダクタの値はそのスイッチングコンバータのデータシートまたは評価用キットに示されていますが、これらの値は通常はアプリケーションまたは性能の判定方法に依存します。例として携帯アプリケーションをとると、利用可能なスペースが少ないため、大きさが最重要です。以下の議論では効率、ノイズ(出力リップル)、および過渡応答の観点からMAX8646スイッチングコンバータ用に設計された評価キットを使ってインダクタを評価します。

図1に示されたMAX8646の評価キット(EVキット)には0.47µHのインダクタが搭載され、この値によって、高い効率と速い負荷過渡応答が達成されます。インダクタンス値が小さいと、さらに過渡応答が改善されますが、大きくすると、過渡応答を犠牲にして効率が改善されます。本書に記載した別のインダクタ(表1)は、このEVキットの回路ボードのPCBフットプリントに合う条件で選んだものです。これらの取り付けには(あったとしても)回路の変更は最小で済みます(付録を参照)。

Figure 1. This schematic shows EV kit circuitry for the MAX8646 step-down switching regulator.
図1. この回路図はMAX8646ステップダウンスイッチングレギュレータのEVキットの回路を示しています。

表1. 評価したインダクタ

Manufacturer Series Inductance (µH) DCR (m) Current Rating (A) Dimensions
(mm x mm x mm)
Toko® FDV0620 0.2 4.5 16.2 6.7 x 7.4 x 2.0
0.47 8.3 11
1.0 18 7.7
FDV0630 0.47 4.6 16 7.0 x 7.7 x 3.0
1 10 9.1

大きさについて

表1のインダクタの2つのシリーズではコアサイズが異なります。フットプリントは同じですが、FV0630シリーズのインダクタの方が1mmだけ高くなっています。高くすることで銅線を短くすることができます。つまり線径を大きくするか、または巻数を少なくするか、または両方が可能です。

0.2µH以下のインダクタは効率が悪いため、検討しませんでした。値を小さくすると、ピーク電流が大きくなり、レギュレーションの損失を避けるためにはMAX8646の最小規定電流限界を下回らなければなりません。他方、1µHを越えるインダクタ値は、いずれにしても適切ではありません。0.47µHと1µHの値を評価すると、これらのトレードオフが明らかになります。FVD0630シリーズのインダクタはFV0620シリーズと同じ値で同じフットプリントですが、抵抗が小さく、かつより大きい電流定格となっています。インダクタコアの大きさ、材料、および透磁率の詳細な比較は本書の範囲を超えていますが、これらの内容に関する多くの論文がインダクタメーカーから提供されています。

コアについて

TokoのFVDシリーズインダクタは鉄粉末コアで作られ、他のほとんどのコアに比べて温度安定性が良く、低コストです。その他のオプションにはモリパーマロイ(molypermalloy)粉末(MPP)トロイド、Kool Mµ® (または高磁束)トロイド、およびギャップ型フェライトがあります。通常はMPPが最も高価なオプションですが、これはニッケル、鉄、およびモリブデンを粉末化したコストになるからです。Kool Mµは混合粉末コアですが、安価です。多くの電源メーカーの製品にはポット型のEおよびEIコアが見られますが、これらはギャップ型のフェライトであり、柔軟性があり必要に応じた変更性を備えています。ただし、これらは高価です。

性能評価と効率比較

図1の回路で動作するさまざまなインダクタの効率比較(図2)によると、1µHのインダクタが2A未満の出力電流で最良の、0.2µHのインダクタは3A未満では最悪の効率が得られます。同じ値のインダクタを比較すると、大きいサイズ(FDV0630シリーズ)にすることによる小さいDCRの方が出力電流の全域で0.5%~1%良い効率が得られます。

Figure 2. Efficiency vs. output current for various inductors operating in the Figure 1 circuit.
図2. 図1の回路で動作するさまざまなインダクタについての出力電流と効率の関係

FVD0620シリーズの0.47µHおよび1µHのインダクタでは、2Aの付近で効率曲線にクロスオーバがあります。2A未満では1µHのインダクタの効率が良く、2Aを超えると0.47µHの方が高効率となっています。1µHのインダクタでは、直列抵抗が大きいと、効率に差がでます。

スイッチング波形の比較

インダクタ電流、インダクタ電圧(ピン14~16)の標準的な波形、および出力電圧リップルには別の性能的なトレードオフが見られます(図3図4)。図3で使われている、より小さい値のFDV0620の0.47µHインダクタでは、ピーク電流が大きくなっています。出力電圧リップルは18mVピークトゥピークをわずか下回る値ですが、FDV630の1.0µHインダクタ(図4)では12mVピークトゥピークを少しだけ上回る値になっています。ピーク電流は出力コンデンサを充電し、負荷電流として供給されます。この場合、コンデンサのERSには大電流が入出力するため、大きい出力電圧リップルが生成されます。必要に応じて、大きい値の出力コンデンサにすると、このリップルを減少させることができます。

Figure 3.     Waveforms from the Figure 1 circuit operate with 3.3V input, 1.8V output, 3A load current, and a 0.47uF inductor of the FDV0620 series. CH1 = VLX, CH4 = ILX, and CH2 = VOUT. (CH1 is the voltage at pins 14 through 16, not the voltage across the inductor.)
図3. 入力3.3V、出力1.8V、負荷電流3A、およびインダクタはFDV0620シリーズの0.47µHとして動作させた場合の図1の回路の波形。CH1 = VLX、CH4 = ILX、そしてCH2 = VOUTです。(CH1はピン14~16の電圧であり、インダクタの両端間の電圧ではありません。)

Figure 4. Same as Figure 3, but with a 1uF inductor of the FDV0620 series.
図4. 図3と同じですが、FDV0620シリーズの1µHのインダクタが使われています。

負荷過渡応答の比較

インダクタ値が異なると、負荷過渡応答が異なります。(デバイスの種類と補償回路もこの応答に寄与します。)標準的なスイッチングレギュレータは補償回路を内蔵しており、通常は許容されるインダクタ値の範囲を規定しています。MAX8646は外部補償を採用していますが、このことによって設計の柔軟性が増しています。

図5図6は図1のFDV0620の0.47µHおよびFDV0620の1µHのインダクタに対する負荷過渡応答を示しています。この図では負荷ステップを2Aから5Aに増加し、その後2Aに戻しています。図6では、1µHのインダクタ値を可能とするために、外付けの補償回路を変更しています。図1を基準にすると、それを可能とするために3つの部品が変更されています。C10 = 1000pF、R4 = 5.9kΩ、およびR6 = 316Ωとした変更です。図5の出力電圧のオーバシュートは図6よりも小さくなっています。FVD0630およびFVD0620シリーズの同じ値のインダクタに対しての応答の差は測定されていません。

Figure 5. This load transient obtained from the Figure 1 circuit operates with 2A to 5A output current, 1.8V output, 3.3V input, and a 0.47uH inductor of the FDV0620 series. CH4 = IOUT, and CH2 = VOUT.
図5. この負荷過渡応答は図1の回路で出力電流を2A~5Aとし、出力は1.8V、電源入力は3.3V、そしてインダクタはFVD0620シリーズの0.47µHとしたものです。CH4 = IOUTで、CH2 = VOUTです。

Figure 6. Same as Figure 5, but with a 1uF inductor of the FDV0620 series.
図6. 図5と同じですが、FDV0620シリーズの1µHのインダクタが使われています。

動作原理

これまで、インダクタの選定のために測定結果を提示したので、今度は動作原理を説明します。以下の式は実インダクタに存在する寄生特性を無視していますが、インダクタの動作を良く理解することができます。

Equation 1

ハイサイドMOSFETがオンとなり、インダクタの充電時間(tON )に、インダクタが入力電源電圧に接続されます。この式でdtの代わりにtON = DeltaTを、Vの代わりに(VIN - VOUT)を代入して、インダクタを選定した後、DeltaI (diの代わりに)を計算します。表2はこの論文で論じた(図1の回路を元にした)インダクタとした場合のDeltaIの値を示しています。表2の前提となる図1の他の条件はVIN = 3.3V、VOUT = 1.8V、そしてDeltaT = D x Tです。ここで、Dはデューティサイクル(VOUT/VIN)で、Tはスイッチング周波数(1/fS)の周期です。

表2. インダクタの値によるインダクタ電流の変化

Inductor (µH) DeltaI (A)
0.47 1.74
1 0.818

di/dt (DeltaI/DeltaT)の中間値がIOUTに等しくなるため、ピーク電流はIOUT + DeltaI/2になります。同じ負荷電流の場合、インダクタンスの値が小さいと、ピーク電流は大きくなります。

DC抵抗(DCR)

ICおよびインダクタの電力損失は効率曲線から求めることができます。出力で電流を1Aとして、図2でFDV0620の0.47µHを参照すると、効率は92.5%となります。出力電力は1.8Vで1A、すなわち1.8Wであり、入力電力は1.8/0.925 = 1.946Wとなります。すると、総合電力損失はPIN - POUT = 0.146Wとなります。損失の主要要素はインダクタのDCR、MOSFETのRDS(ON) (導通)、およびスイッチング損失です。IOUT2 x DCRはインダクタ両端間の電力損失です。

FDV0620の0.47µHで1Aの出力電流の場合のDCRによる電力損失は8.3mW (表3を参照)であり、これは総合損失の5.7%に当たります。IOUT = 4A、PIN = 8.1W、そしてPOUT = 7.2W (効率 = POUT /PIN = 88.9%)の場合、総合損失はPIN - POUT = 0.9Wとなり、したがってFDV620の0.47µHを4Aで使用すると、DCRの電力損失は132.8mWであり、これは総合損失の14.7%になります。IOUT2の効果によって、DCR損失は電流が大きいほど増加します。

表3. インダクタのDCRによる電力損失

Series and Value PDCRLOSS at
IOUT = 0.5A (mW)
PDCRLOSS at
IOUT = 1A (mW)
PDCRLOSS at
IOUT = 4A (mW)
FDV0620-0.47µH 2.1 8.3 132.8
FDV0630-0.47µH 1.15 4.6 73.6
FDV0620-1µH 4.5 18 288
FDV0630-1µH 2.5 10 160

導通損失

導通損失はインダクタ電流(IOUT)、デューティサイクル(D)、およびDC-DCコンバータスイッチのRDS(ON)の関数です。

PCONDM = ILX2 x RDS(ON) x Dとなります。

ハイサイドの導通損失は次のようになります。
1Aの出力電流の場合、PCOND = 12 x 0.022 x 1.8V/3.3V = 12mWです。
4Aの出力電流の場合、PCOND = 42 x 0.033 x 1.8V/3.3V = 288mWです。

ローサイドの導通損失は次のようになります。
1Aの出力電流の場合、PCOND = 12 x 0.022 x (1 - 1.8V/3.3V) = 10mWです。
4Aの出力電流の場合、PCOND = 42 x 0.033 x (1 - 1.8V/3.3V) = 240mWです。

1Aで使用されたRDS(ON)は室温で測定された標準的な値です。しかし、大電流では、MOSFETは高温で動作します。RDS(ON)は高温用に調整しなければならないため、4Aの出力電流では33mΩを使用します。

スイッチング損失

スイッチング損失はスイッチのオンとオフになる間、およびMOSFETのゲート容量を充電および放電する電流の結果として生じます。オンとオフになる短い期間に電圧は大きく、電流は電圧が低下する前に上昇します。次の式はスイッチのスイッチングパワー損失の近似式です。

PSW = ½V x IOUT x tSW x fSW

ここで、tSWはオンまたはオフになる時間で、fSWはコンバータのスイッチング周波数です。出力電流が1Aの場合は、次の結果となります。

PSW = ½ x 3.3V x 1A x 5ns x 1MHz = 8.24mW

この例のtSWを測定することは容易ではありません。それはMAX8646のスイッチは内部にあり、またLXと共通接続されているからです(端子14~16)。デッドタイムの後の立上りおよび立下り時間はおよそ5nsです。

上に計算した電力損失はオン時またはオフ時のいずれかであり、両方ではありません。この例ではLXにおける立上りと立下りではtSWは同じであるため、得られた結果に4を乗算すれば両方の電力損失が得られます。MOSFETは外付けであって測定可能であれば、もっと正確な結果を得るように個別に計算することができます。1Aの電流で0.47µHのインダクタでは、オンとオフのスイッチング損失は、おのおの、およそ32.96mWです。

結論

パルス幅変調(PWM)電圧モードスイッチングレギュレータにおけるインダクタ選択のトレードオフの決定は容易です。インダクタンスの値を大きくすると、ピーク電流が小さくなり、損失が小さくなり、その結果、効率が改善されます。インダクタを小さくすると、通常は効率が低下しますが、電源または負荷のステップ変化に対して速い応答を提供します。より大きいコアサイズのインダクタは、その他が同じならば、同じインダクタンス値とすると、DCRが小さくなり、その結果、DCR損失が小さくなってより良好なダイナミック性能が可能です。いずれにしても、回路を最終的に決定する前に必ず、ベンチテストを行ってください。

付録—ハードウェアの説明

MAX8646のEVキット(図1)によって、MAX8646 6Aステップダウンコンバータの評価が可能となります。このキットは2.35V~3.6Vの入力電圧で、負荷電流の最大が6Aで出力電圧を選択して生成します。この回路のMAX8646は1MHzのスイッチング周波数で動作し、図1に示した部品を使って高効率を提供します。

MAX8646ステップダウンスイッチングレギュレータは出力電圧のレギュレーションをPWMで行い、ハイおよびローサイドスイッチとして小さいRDS(ON)のnチャネルMOSFETを備えています。高速過渡応答を得て、高周波スイッチングの帯域幅(500kHz~2MHz)を完全に利用するために、電圧モードエラーアンプはタイプ3の補償で動作します。

同様の記事が2006年6月5日にPower Management DesignLineのウェブサイトに掲載されました。

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