ポイントオブケア向けの光レシーバーIC、将来にわたって利用できるシステムを実現可能

ポイントオブケア向けの光レシーバーIC、将来にわたって利用できるシステムを実現可能

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Wassim Bassalee

Wassim Bassalee

Aileen Cleary

Aileen Cleary

Robert Finnerty

Robert Finnerty

Neil Quinn

Neil Quinn

はじめに

明確な結果を得ることが可能な感度の高い体外診断(IVD:In Vitro Diagnostic)システムを実現するにはどうすればよいのでしょうか。そのためには、優れた光レシーバー技術を採用することが鍵になります。医療分野では、ELISA(Enzyme-Linked Immuno-Sorbent Assay)法やPCR(Polymerase Chain Reaction)法といった確立された検査手法が使われています。それらの手法では、診断に向けた検査を行うために蛍光受信用のシグナル・チェーンが使われます。同様に、ポイントオブケア(PoC:Point-of-Care)の市場においても光レシーバーが活用されるようになってきました。実際、光レシーバーは、高い柔軟性を備え、正確な結果を迅速に得ることができるシステムを開発する上で強力な手段になります。本稿では、PoC分野で使われる光受信用のシグナル・チェーンを設計する際に検討すべき事柄について詳しく説明します。また、求められる性能や要件を満たす光フロント・エンドICを紹介します。そのICは、将来にわたって利用可能なプラットフォームを開発したい場合に重要な役割を果たします。

蛍光検出を診断に活用する

まずは図1をご覧ください。これは、蛍光を利用してIVDを実現するシステムの例です。この蛍光検出システムでは、蛍光ラベル(蛍光標識)を含むサンプル(アッセイ、被験試料、分析試料などとも呼ばれます)を、特定の波長の光(緑色の矢印)によって励起します。サンプル内に検査の対象となる物質が含まれている場合には、蛍光ラベルが励起用の光に反応し、エネルギー・レベルの低い光を放射します。図1の例で言えば、サンプル内の蛍光ラベルが反応し、赤い矢印で表した光を発するということです。この光(蛍光信号)は、サンプル内に検査対象の物質が存在しているか否かを検出するために使用されます。また、検査対象の物質の量を判定するために使用されることもあります。

図1. IVDを実現するための蛍光検出の仕組み
図1. IVDを実現するための蛍光検出の仕組み

上記のような検査においては、蛍光についての報告が必要であるか否かという判断が行われます。その判定には閾値が使用されます。蛍光信号のレベルが閾値より低い場合、サンプル内に検査対象の物質が存在するか否かを正確に判断することはできません。その背景には、診断向けの検出装置を構成する数々の電子部品の存在があります。それらの部品は、他の要因と相まってバックグラウンド・ノイズを生成します。その結果、閾値のレベルを引き上げなければならなくなります。この閾値のレベルを抑えなければ、システムの選択性を損なうことなく検出感度を高めることはできません。したがって、光を検出するシステムは慎重に設計する必要があります。つまり、電子部品で構成される受信用のシグナル・チェーンによって大きなバックグラウンド・ノイズが生成されることがないようにしなければなりません。

PoC向けの一般的な蛍光検出システム

続いて、PoC向けの一般的な蛍光検出システムについて具体的に見ていきます。その種のシステムでは、励起用の光を生成するためにLEDを使用します。一方、サンプルからの蛍光信号の検出にはフォトダイオード(PD:photodiode)が使われます。このPDは、蛍光信号の強度に比例する電流を生成します。但し、一般に蛍光信号のレベルは非常に微弱です。そのため、PDが生成する電流もノイズ・フロアに近いレベルの非常に微小なものになります。したがって、選択性を損なうことなく高い検出感度が得られるようにするためには、電子回路を慎重に設計しなければなりません。図2は、PoC向けの一般的な蛍光検出システムの主な構成要素を示したものです。PDからの電流信号は、トランスインピーダンス・アンプ(TIA:Trans-impedance Amplifier)によって電圧信号に変換されます。この電圧信号は、A/Dコンバータ(ADC)によってデジタル・データに変換されます。それにより、蛍光信号のレベルを把握することが可能になります。

図2. PoC向けの一般的な蛍光検出システム
図2. PoC向けの一般的な蛍光検出システム

システムの性能に関する要件

PoC向けの蛍光検出システムを設計する際には、選択性を損なうことなく最大限の診断感度が得られるようにすることが目標になります。この目標は、1つの要件に置き換えることができます。すなわち、LEDによる励起に反応して生じたPDの非常に微小な電流を確実に識別できるようにするということです。例えば、励起用のLEDで100mAオーダーの電流を使用する場合でも、PDで生成される電流はpAのオーダーになる可能性があります。つまり、高感度のシステムでは、約140dBの減衰が生じるという条件の下、蛍光信号に対応して流れるPDの電流を検出しなければならないということです。

それだけの性能を達成するには、電子回路の設計とシステムの設計の両面から慎重に検討を行う必要があります。特に、PDのアナログ・フロント・エンド(AFE)の設計は重要です。上述したように、PDの電流はノイズ・フロアに近い非常に微小なレベルになります。したがって、TIAでは入力バイアス電流を少なく抑えつつ、高いゲインを実現しなければなりません。それ以外の重要な要件としては、TIAの入力オフセット電圧を小さく抑えることと、PDとTIAの接続を最短距離で実現することが挙げられます。

高感度の検出を実現するためには、システム設計においても十分な考慮が必要になります。まず、蛍光信号の検出とLEDによる励起の各処理の同期をとらなければなりません。これを実現するには、同期処理を担うコントローラが必要です。また、PDの微小な電流信号をノイズ・フロアと区別できるようにしなければなりません。そのためには、蛍光信号の測定値を複数回取得して平均化する処理が必要になるでしょう。この処理は、システム・コントローラの重要な責務です。更に、周辺光を除去する機能も実現しなければなりません。加えて、LEDの発光に生じるドリフトもシステムの誤差に影響を及ぼす可能性があります。そのため、周辺光を除去すると共に、ドリフトの影響にも対処することが可能なコントローラを選択することが重要です。それにより、システム性能を全体的に高めることができます。

光フロント・エンドICを採用したレシーバーがもたらすメリット

PoC向けの蛍光検出システムを設計する際には、受信用のシグナル・チェーンの構成について検討することになります。そのアーキテクチャには2つの選択肢があります。1つは、図2に示したディスクリート構成のアーキテクチャです。もう1つは、光フロント・エンドICを採用したアーキテクチャです(図3)。

図3. フロント・エンドICを採用した蛍光検出システム
図3. フロント・エンドICを採用した蛍光検出システム

フロント・エンドICを使用するソリューション(集積型のソリューション)はいくつかのメリットをもたらします。1つは、システムの設計が明らかに簡素化されることです。蛍光信号の検出とLEDによる励起の同期をとる処理は、光フロント・エンドICの内部で実行されます。つまり、その課題に対処する必要はなくなります。また、光フロント・エンドICを使用すれば、電子部品の数を少なく抑えたコンパクトなソリューションが得られます。つまり、部品点数(BOM)の削減、最終的な装置の小型化、更には供給に関する管理の複雑さの緩和が実現されます。ただ、光フロント・エンドICがもたらす最も重要なメリットは他にあります。それは、PD、LEDドライバ、フィルタなどに関する構成用の主要なパラメータを、ファームウェアを介して調整できるというものです。ディスクリート構成のソリューションでは、新たなハードウェアを開発しない限りプログラマビリティは得られません。蛍光検出システムが用いられる分野では、時間の経過に伴って新たなアッセイや改変されたアッセイを使用しなければならなくなる可能性があります。検査のメニューには、新たな疾病や新たな変異株が頻繁に追加されるからです。そのような状況に適応可能なプラットフォームを構築するには、構成可能性(コンフィギュラビリティ)の導入が不可欠です。ハードウェアを変更することなく、新たなアッセイに対応できるように改変できることが非常に大きなメリットになります。集積型のソリューションを採用すれば、レシーバーのプラットフォームにそのような柔軟性をもたらすことが可能になります。

図4. MAX86171のブロック図
図4. MAX86171のブロック図

上記のとおり、光フロント・エンドICを採用すれば明らかなメリットが得られます。ただ、微弱な蛍光信号を扱うアプリケーションに適した光フロント・エンドICを、その性能に注目して選択するのは容易ではありません。例えば、いくつかの光フロント・エンドICのS/N比を比較したとしても、光レシーバーの実際の性能を本当の意味で把握することはできないからです。先述したように、蛍光検出システムでは低いレベルの光に対応しなければなりません。そのため、光フロント・エンドICのS/N比ではなく、絶対的なノイズ・フロアの方が重要なパラメータになります。このノイズ・フロアについても、蛍光信号の測定時間に基づいて平均化を適用することは可能です。しかし、平均化によって得られる改善の度合いは、事実上、1/fノイズの成分によって制限されます。おそらくは、絶対的な暗電流ノイズ、特にフリッカ・ノイズが支配的な要因になるはずです。ところが、光フロント・エンドICのデータシートを見ても、PDを含むシステム全体の暗電流ノイズについての記載はありません。そのため、実際のシステムにおいて個別に測定を実施して性能を評価する必要があります。

蛍光検出システムに最適なフロント・エンドIC

アナログ・デバイセズは、蛍光検出システム向けの光フロント・エンドICを提供しています。なかでも、「MAX86171」はPoC向けのアプリケーションに最適な製品です。アナログ・シグナル・チェーンとデジタル・コントローラを集積しているので、同ICを1個使うだけで光レシーバーに必要な機能を網羅できます。同ICは、PDからの信号にシグナル・コンディショニングを適用する入力部、分解能が19ビットの電荷積分型ADC、低ノイズのLEDドライバ、FIFOバッファを備えるシリアル・インターフェースを内蔵しています。

MAX86171は、9つのLED用チャンネルと4つのPD用チャンネルを備えています。そのため、複数のアッセイを扱う検査に対応できます。また、ハードウェアをアップグレードすることなく、将来の検査に対応するための十分なチャンネル数を備えていることになります。SPI(Serial Peripheral Interface)またはI2Cを介してプログラミングを実施することで、積分時間、平均化、ダイナミック・レンジなどのパラメータを任意のアッセイに適合するよう微調整することが可能です。また、FIFOを内蔵していることから、測定が行われている間、マイクロコントローラをスリープ・モードの状態で維持することができます。このことは、携帯型のPoCシステムにおいてバッテリ寿命を延伸することにつながります。

最も重要なのは、MAX86171は非常に高性能の製品であるということです。もちろん、ノイズ性能も非常に優れています。そのため、高感度の蛍光検出システムを実現することが可能になります。1/fノイズが小さいことに加え、平均化の処理を適用できることから、面積が7.5mm2のPDを使用する光シグナル・チェーン全体の暗電流ノイズをわずか11pA rmsに抑えられます。これであれば、微弱な蛍光信号を検出するアプリケーションに対応できます。一般に、そうしたアプリケーションでは、PDの電流は1pA~10pAの範囲になります。MAX86171を採用すれば、それを確実に検出できるということです。また、同ICは電源電圧変動除去比(PSRR)と周辺光の除去性能の面でも優れています。そのため、電源装置と機械的筐体を設計する際の負担が軽減されます。

図5. MAX86171を用いたシステムの性能を測定するための環境
図5. MAX86171を用いたシステムの性能を測定するための環境

MAX86171の性能を示すために、図5に示すような環境を使用して実験を行いました。この実験では、同ICによって駆動したLEDの光を様々なレベルの減光(ND:Neutral Density)フィルタに入力します。NDフィルタを通過した後の信号は、MAX86171を使用してPDで受信します。NDフィルタの光学密度を高めれば、光の減衰比を40dB(ND2フィルタ)から140dB(ND7フィルタ)まで変化させることができます。それにより、PCR法やLAMP(Loop-mediated isothermal amplification)法をベースとする検出システムにおいて蛍光収率はどのように低下するのかというシミュレーションを行いました。減衰比が140dBという条件において、MAX86171は、暗電流のノイズ・フロアとの差が10pA未満のPDの電流を確実に検出することができます。このような高い感度が得られるのは、光フロント・エンドICとPDで構成される系の暗電流ノイズが11pA rmsまでに抑えられているからです。

図6. MAX86171の性能の測定結果
図6. MAX86171の性能の測定結果

この性能は、PoC向けの装置で一般的に必要になるレベルを上回っています。つまり、バイオセンサーや化学の潜在能力を最大限に活かすことを可能にします。MAX86171の内部レジスタを使用すれば、パルスの幅、パルスの強度、PDのゲイン、PDのバイアスといったパラメータの値を、ファームウェアを介してプログラムすることができます。光の検出性能を最適化するためのものとして、信号用のフィルタ、平均化処理の機能、周辺光の除去機能といったオプションも提供されています。これらの機能を総合的に活用することで、ハードウェアを刷新することなく、新たなアッセイに対応できるだけの最大限の柔軟性を備えたソリューションを実現することができます。

まとめ

IVDを実現するシステムを設計する際には、電子回路とシステムの両方を慎重に設計する必要があります。それを怠ると、選択性を損なうことなく高感度の検出を実現することはできません。バイオセンサーや化学の潜在能力を最大限に活かしたシステムを構築し、最終的に正確な診断結果が得られるようにするためには、微弱な電子信号の検出を実現することが不可欠です。

PoCの市場は急速に拡大しています。その市場においては、高い柔軟性を備えるレシーバーが求められています。また、将来にわたって利用できることが保証されたレシーバーを実現するのも非常に重要なことです。つまり、将来の検査メニューの拡大/変更に適応できるようにしなければなりません。アナログ・デバイセズのフロント・エンドICであるMAX86171は、そうした非常に厳しい性能の要件を満たします。それだけでなく、ソフトウェアによるプログラマビリティも備えています。そのため、レシーバーの設計に伴うリスクを回避することができます。また、将来にわたって利用できることが保証されたソリューションを実現することが可能です。

※初出典 2023年 TECH+(マイナビニュース)