要約
短い設計サイクルと、プリント基板の面積およびコストに関する厳しい要求が、携帯電話回路のよりハイレベルな集積化に拍車をかけています。基本的な(ローエンドの)電話機能は、否応なくワンチップソリューションへと向かっています。一方で、モデル間の差別化が極めて重要となるハイエンドおよびミッドレンジのマーケットセグメントでは、高性能で機能豊富な周辺コンポーネントに対する要求がますます重要性を増しています。市場の後押しと絶え間なく進化している機能セットを考えると、GSM/GPRS携帯電話向けに最適化された完全なアナログおよびディジタルオーディオソリューションが、現在進められている設計に強固な核を与えると考えられます。この最適化されたソリューションは、音声帯域のオーディオ機能(マイクロフォン、受信機スピーカアンプ、ADC、およびDAC)と柔軟性の高いマルチメディア機能(高分解能ADCとDAC、音声録音、ステレオマイクロフォン、ヘッドフォン、および8Ωスピーカアンプ)も含んでいなければなりません。この機能の組み合わせがあれば、携帯電話とアプリケーションベースのオーディオ機能の両方の統合化がシームレスなものになります。
はじめに
プロバイダの仕様を満たす高品質なオーディオ録再経路を確立しようとするシステム設計者は、携帯電話の複雑さと高い回路密度に対してその実力を問われることになります。静止画カメラ、着信音ジェネレータ、MP3再生、ボイスメモなど、マルチメディア機能を追加した新モデルを出すためには、通常は製品に対する段階的な変更が必要になります。これには新たな部品だけでなくPCBレイアウト変更も伴いますが、それが原因でグランドが非理想的な状態になり、結果として新たなノイズ問題が発生する可能性があります。
携帯電話のアナログオーディオ信号経路におけるノイズと干渉の問題は、通常はオーディオ帯域におけるRF信号の検波または共有/非理想的グランドが原因と考えることができます。
電話のアンテナから来る高レベルのRFエネルギーにさらされると、携帯電話に搭載された比較的帯域幅の狭いオーディオ回路は、複雑なRF送信信号を意図に反して検波してしまう可能性があります。これによってオーディオ経路のノイズフロアが上昇します。特定の手法およびトポロジの適用によってオーディオ増幅回路でのこの劣化を最小化することができますが、入力ピンの近くに抑制用の部品を配置するのがコスト効率の良い対策です。無線のキャリア周波数に対応する最小のインピーダンスのコンデンサを設計者が選択することから、低容量のコンデンサでGNDに落とす方法がよく用いられます。
共有/非理想的グランドを最小化する効果的なオーディオソリューションの1つが、一般的に必要とされるアナログオーディオI/O機能のすべてを単一のICに集積化するという方法です。この設計によって、トラブルを生みやすいグランドの問題の大部分が、PCBレイアウト技術者からICメーカの手に移ることになります。必要なアナログオーディオI/O機能を取り入れる他に、音声帯域およびマルチメディア(すなわちアプリケーションプロセッサ)機能をサポートするのに十分なディジタルオーディオインタフェースも、その同じICが提供しなければなりません。さらに、バッテリ持続時間を最大化するため、さまざまなブロックに対する分割シャットダウン制御も提供しなければなりません。
以下の解説では、シングルチップ構成で生じるアナログ/ディジタルオーディオの問題をいくつか取り上げます。GSM/GPRS携帯電話の設計を容易化する手法および機能の実例として、MAX9851を使用します。
アナログオーディオ—マイクノイズの最小化
マイクロフォン増幅器(マイクアンプ)などの高ゲインオーディオ回路には、グランドの不備による劣化を起こしやすいという特徴があります。これは、シングルエンド回路トポロジの場合に特に顕著であり、マイクアンプのグランドリファレンスとソースのグランドリファレンス(この場合はマイクカプセルのGNDピン)の間の小さな電圧差が、増幅されて信号経路に乗ることになります。携帯電話のような複雑な製品では、オーディオのグランドプレーンが他の回路と共用される場合が多く、劣化が問題になる可能性があります。銅プレーンは(一般的に思われているように)「ゼロΩ」ではないからです。したがって、この測定可能な抵抗を通って流れる電流によって、プレーン上の位置ごとに小さな電位差が生じる可能性があります。
このグランドの問題には、完全な差動入力を備えたマイクアンプを使うことで対処することができます。MAX9851にも、マイクのGNDピンに対するリモートセンシングを可能にするこのアプローチが取り入れられています。リモートセンシングによって、CODECリファレンスとマイクのGNDの間にAC電圧の差があればマイクアンプに必ず同相信号として現れることになります。これらの差は次にアンプの同相除去比(common-mode rejection ratio:CMRR)によって低減され、それによって信号経路に与えられる実効ノイズが大幅に減衰されます。この設計のデメリットは、PCBの配線をCODECからマイクまで1本追加しなければならない点と、カップリングコンデンサが1つ余計に必要になる点だけです。
MAX9851では、ステレオの外部マイク入力を内蔵マイクに切り替えて使用することが可能になっています。これらの入力には、通常カーキットまたはその他の外付け ヘッドセットから信号が与えられます。この場合、アンプ入力のCMRRを使って、EXTMICGNDピンがL/R両チャネルの「Kelvin検知」として機能し、先ほど説明したのと同じ方法でグランド電位差ノイズを除去します。最善の結果を得るため、PCBのEXTMICGNDの配線をカーキットのジャックまたはヘッドセットコネクタのGND端子まで延ばす必要があります(図1)。
図1. 差動入力アンプを使用すると、ソケットの「GND」リファレンスに対するリモートセンシングが可能になる。ローカルとソケットのグランド間に生じるAC電圧はほとんど排除され、マイクアンプのゲインによって増幅されることがない。
マイクのバイアス回路も、信号経路に大きなノイズを持ち込む可能性があります。バイアス出力電圧ノイズが発生すると、そのかなりの割合がマイクアンプ入力に直接現れます。MAX9851に見られるような、より優れた設計のマイクアンプは、内蔵マイクアンプの入力ノイズに匹敵する出力ノイズレベルを持つ、安定化された低ノイズのバイアス電圧を提供します。
アナログオーディオ—ステレオDirectDrive™ヘッドフォンおよびレシーバ出力
圧縮された音楽ファイルをCDに近い音質で再生するためには、ヘッドフォンオーディオ再生に厳しい要求が課せられます。基本的な300Hzから4kHzの音声経路に関する要件に比べて、信号対ノイズ比(SN比)、リニアリティ、および帯域幅を改善しなければなりません。低い周波数への拡張には問題が伴う場合があります。一般的なヘッドフォンドライバでは、ヘッドフォンアンプのDCバイアスがヘッドフォントランスデューサを通して現れるのを防ぐため、シリーズコンデンサが必要となるからです。一般的なステレオヘッドフォンの典型的なインピーダンス範囲の下限は16Ωであるため、シリーズコンデンサが低周波成分に対するハイパスフィルタを形成します。たとえばリスニングレスポンスの下限を100Hzまで拡張する場合、16Ωステレオヘッドフォンの動作を保証するために100µFの出力コンデンサ2個が必要になります。
マキシムのDirectDrive技術を使うと、アンプ出力が0V基準となるため、シリーズコンデンサなしでヘッドフォン動作が可能になります。その場合、MAX9851に組み込まれているようなDC除去フィルタによって(ディジタルソース)、あるいは、ラインまたはマイク入力に対する入力カップリングコンデンサによって(アナログソース)、低周波成分を制限します。DirectDriveデザインのさらなるメリットは、デバイスのシャットダウン時または復帰時に発生するクリック/ポップノイズが本来的に低いレベルであるという点です。充放電の対象となるシリーズコンデンサが存在しないため、最終的にターンオン/オフ電流がヘッドフォンに流れることがありません。
MAX9851のステレオヘッドフォン出力はブリッジモノ動作も可能であり(図2)、さまざまなヘッドセットやアク セサリとの互換性を実現します。同一のソケットに、ステレオヘッドセットまたはモノ(マイクに加えてフックスイッチとスピーカがある)ヘッドセットを接続することができます。このモードでの出力は常にグランド基準であるため、ヘッドセットケーブルにDC電圧が現れることはありません。したがって、障害や短絡状態が発生しても大きな問題にはなりません。
図2. DirectDriveのヘッドフォン出力はブリッジモノとステレオ動作が可能である。マキシム独自のGND基準出力によってシリーズコンデンサが不要になり、コストと基板面積の削減につながる。
DirectDriveデザインではレシーバスピーカ出力もオンボードのチャージポンプを使用するため、出力はシングルエンドになり、負側のスピーカ接続はGND (0V)です。その場合も、印加されたAVDDにほぼ等しいネガティブレールを反転チャージポンプが提供するため、出力の電圧スイングはより典型的なBTL (差動)出力とほぼ同じになります。結果として、レシーバスピーカのピークトゥピーク出力はほぼ2 x AVDDになります。
アナログオーディオ—D級スピーカアンプ
MAX9851では、8Ω (または4Ω)スピーカの駆動に、マキシムの第3世代D級テクノロジを採り入れています。AB級(リニア)アンプに対するD級(スイッチング)アンプの主な優位性は、効率の高さです。AB級アンプの場合、アンプがクリッピング状態まで駆動されない限り、出力デバイスでかなりの電力が浪費されます。しかし、D級トポロジでは出力デバイスがオンまたはオフのどちらかになるため、熱放散が少なく、バッテリ持続時間も長くなります。携帯電話を頻繁にスピーカフォンモードで使用したり、PTT (push-to-talk)動作をサポートしている場合、バッテリ持続時間の延長は大きな意味を持ちます。
しかし、特に携帯電話のようにRFの送受信が機能の核となる製品の場合、D級トポロジの使用にはデメリットもあります。高効率なD級アンプの動作に伴う高速スイッチング波形によって、特にPCB上の配線やスピーカのリード線が長い場合に、RF放射の問題が生じる可能性があります。このRF放射問題に対処するため、MAX9851のステレオD級スピーカアンプには独自のEMI低減トポロジ(active emission limiting)が導入されています。これは、若干の効率低下と引き替えに、スピーカリード線/基板配線からの高周波RF放射を抑制する技術です。また、最先端のIC製造技術によって、D級スイッチング出力段とCODEC上の敏感な低ノイズアナログ回路との間における相互動作を最小化しています。
非安定化、単一セルのLi+ (リチウムイオン)バッテリに接続可能なこのステレオアンプは、4.2V電源時に8Ωスピーカから1Wの出力を行う能力を備えています(図3)。よりローインピーダンスのスピーカを使用すればさらに大きな出力が得られますが、携帯電話の設計で一般的に使用される小径のドライバの場合、4Ωスピーカはあまり見あたりません。
図3. MAX9851のステレオD級スピーカアンプは、バッテリからの直接給電による動作が可能で、4.2V電源での連続出力は1Wである(10% THD+N、1kHz信号)。
ディジタルオーディオ—一般的なアーキテクチャ、信号フロー
会話を実現するためには、深さ双方向16ビット、サンプルレート8kHz (または16kHzも選択可能)のADC/DAC経路によって、GSM/GPRS携帯電話の基本機能がサポートされなければなりません。MAX9851の場合、このI/O機能は13MHz (またはfS = 16kHzのとき26MHz)のMCLK入力と完全に同期しており、サンプルの取りこぼしや重複が生じないことを保証しています。GSM音声モードのS1ディジタルI/Oライン(図4)が、この基本機能へのアクセスに使用されます。S1ディジタルインタフェースは、MASTERまたはSLAVEモードでの動作が可能です。
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図4. 基本的なGSMの音声変換機能は、S1出力上で汎用のGSM音声モードプロトコルによってサポートされている。MASTERまたはSLAVEとしての動作が可能であり、SLAVEモードではBCLKとLRCLKの両方がホストから供給されなければならない。
ミッドレンジおよびハイエンドの電話機の多くは、より高いビット数とサンプルレートを使用した追加のDAC機能を提供することが共通して求められます。そうした機能の例として、WMA/MP3の再生やWAVファイル着信音の生成があります。これらの機能向けのディジタル/アナログ変換と既存の音声コンバータとを組み合わせることで、高度な集積化が可能になり、すべてのデータ変換に対する単一の「ポイントソース(点源)」が与えられます。こうした特長は、製品設計にも役立つ可能性があります。製品設計においてアナログ分野の2つの機能を組み合わせようとすると、グランドループやオーディオレベルの差が問題になる場合があるからです。
したがって、単一のコンバータで音声とマルチメディアデータを組み合わせるのが理想的なソリューションだと思われます。このアプローチの最大の難関は、すべての音声変換がMCLK入力によって決まるGSM/GPRSレートと常に同期していなければならないという点です。しかも、マルチメディアの再生には、たとえば44.1kHzや48kHzなどといった、これとは無関係なサンプルレートが要求されるのが普通です。MAX9851は、ディジタル入力データに対するサンプルレート変換(SRC)に似たアルゴリズムを導入することによってこうした難問を解決し、単一のDACによる音声とマルチメディアの組み合わせデータの同期的な変換を可能にします。
SLAVEモードの場合、GSM音声データの入力サンプルレートは必然的に(MCLKによって決められる)サンプルレートの精度になります。しかし、内蔵のディジタルPLLはS2ディジタル入力から入力されるLRCLKにロックするため、非同期マルチメディアオーディオデータの正確な(多数のサンプルを平均した)複製が可能になっています。MASTERモードの場合も、音声データはMCLKを所定の整数で割った値に正確に合わせられますが、S2のLRCLKデータレートはわずかにfSの誤差を伴う近似値になります(通常はそれで問題ありません)。8kHzから48kHzのサンプルレートが、S1またはS2入力上でサポートされます。
MAX9851のS2ディジタルI/Oは、I²Sおよび若干それと異なる主な派生形をサポートするインタフェースを備えています。GSM音声モードでの動作時以外は、S1インタフェースのプログラミングによってI²Sをサポートし、多機能なハイエンド機種でしばしば必要になるインタフェースの柔軟性を最大化することが可能です。
ディジタルオーディオ—GSM用フィルタ
図5からわかるように、S1ディジタルI/OはGSM音声モードでイネーブルにすることができる追加のフィルタを備えています。これらのディジタルブロックは、厳密に規定されたローパスおよびハイパスフィルタを効率的に実現したものです。この構成は、ナイキスト帯辺縁付近および低周波数帯のエネルギーを抑制します。携帯電話がテストと認定を受ける際、ノイズおよび信号漏れエンベロープへの適合にこれらのフィルタが効果を発揮する場合があります。図6に、フィルタをイネーブルにした状態の周波数応答を示します。
図5. MAX9851には、2組の独立したディジタルオーディオインタフェースI/O (S1とS2)が統合されている。DAC再生の場合、MASTERまたはSLAVEいずれのモードでも、各インタフェースがそれぞれ異なる、整数倍の関係にないサンプルレートで動作可能である。
図6. GSMフィルタをイネーブルにしたGSM再生経路の周波数応答。FS = 8kHz時、ナイキスト周波数(4kHz)直前に急峻なロールオフがあることに注意。ハイパスフィルタ(HPF)は設定によってディセーブルにすることも可能。
まとめ
以上見てきた例は、携帯電話システムの設計者が対処しなければならない問題のうち、ほんのいくつかを取り上げたものです。このエンドアプリケーションに関する設計サイクルの短さは有名であり、機能セットはほとんど個々のモデルごとに成熟と変化を繰り返しています。それだけに巧みに設計された柔軟で包括的なコアチップセットアーキテクチャに時間を投資することは、価値のある決断だと言えます。
さまざまなサンプルレートを持つ複数の再生/録音システムとインタフェースする低ノイズアナログ回路の制御は、設計作業全体のごく一部でしかありません。以下の特長を単一のソリューションに統合することも重要です。
- アナログ機能と高い性能
- ワンポイントのディジタル/アナログオーディオインタフェース
- ディジタルインタフェースの柔軟性
- 包括的なパワーマネージメントと分割シャットダウン