AN-2064: ADF7030-1 レシーバーの感度低下回避アルゴリズム

はじめに

集積化されたシステムオンチップ(SoC)トランシーバーは、クロック源と感度の高いアナログ回路およびRF回路の間の絶縁が完全ではないために、必ずスプリアス現象を示します。このスプリアス現象は、トランシーバーが特定のチャンネルでレシーバー・モードで動作している場合には、感度の劣化(感度低下)を引き起こす可能性があります。感度低下に対する従来の対処法は、これらの劣化したチャンネルをブラックリスト化してチャンネル・プランに入らないようにすることでした。しかし、チャンネル数が減少することで、ネットワーク容量が減少し、周波数ホッピングのアプリケーションでは、ネットワークの干渉回避機能が低下してしまいます。

このアプリケーション・ノートでは、ADF7030-1用の簡単なソフトウェア・アルゴリズムについて説明し、特定のスプリアス現象による感度低下に対し、確固とした緩和策を提供します。このソフトウェア・アルゴリズムでは、チャンネルのブラックリスト化は不要であるため、許容スペクトルをより多く利用できます。


ADF7030-1


ADF7030-1レシーバーが、902MHz~928MHz、863MHz~876MHz、450MHz~470MHzなどの幅広い周波数帯にわたってチャンネル化されたシステムで動作する必要がある場合、少数の特定の周波数で、スプリアス現象による感度低下が見られます。

この感度低下の原因は、一般に次のスプリアス現象に帰すことができます。

  • クロック源の未加工の高調波がレシーバーの帯域幅内に生じる。
  • 内部クロックの高調波がローカル発振器(LO)の高次の高調波と混合し、ベースバンドでのレシーバー帯域幅内に生じる。

ソフトウェア・アルゴリズムでは、感度低下を伴う問題を示すチャンネル周波数のいずれかを使用する前に、ホストが特定のレシーバー設定を変更することが必要です。変更されたレシーバー設定が、いくつかのオンチップ機能を使用し、干渉の原因をレシーバーの帯域外に移動させるため、ADF7030-1レシーバーは、そのチャンネルの感度をフルに利用できます。

レジスタの設定

PROFILE_RADIO_DIG_RX_CFGレジスタとPROFILE_RADIO_AFC_CFG2レジスタには、ホスト・プロセッサで実行されるソフトウェア・アルゴリズムの一部として、変更する必要のあるレシーバー設定が含まれています。表1および表2に、これらの各レジスタのビット・フィールドを示します。ソフトウェア・アルゴリズムはこれらのビット・フィールドを使用します。


レシーバー設定レジスタ


アドレス:0x20000300、リセット:0x00000000、レジスタ名: PROFILE_RADIO_DIG_RX_CFG

T表1. PROFILE_RADIO_DIG_RX_CFGのビットの説明
ビット ビット名 説明 リセット アクセス
[31:30] DEMOD_SCALING ADF7030-1デザイン・センターによって生成。またはアナログ・デバイセズから提供。 0x0 R/W
[29:27] Reserved 0に設定。 0x0 R/W
26 Invert 0:ドット積による復調を設定
1:クロス積による復調を設定
0x0 R/W
[25:22] ADC_ANALOG_CLK_DIVIDE マスタ・クロック・レートに対するΣ-Δ A/Dコンバータ(ADC)のクロックの分周比。 0x0 R/W
[21:18] DECIMATE_8XIF_CLK_DIVIDE マスタ・クロックに対するDECIMATE_8XIF_CLKの分周比。 0x0 R/W
17 LOW_SIDE ハイ・サイド注入かロー・サイド注入かを選択。
0:ハイ・サイド注入
1:ロー・サイド注入
0x0 R/W
[16:13] DEMOD_CORE_CLK_DIVIDE マスタ・クロックに対する復調コア・クロックの分周比。 0x0 R/W
12 DEMOD_PRODUCT_SEL ドット積/クロス積の選択。 0x0 R/W
[11:8] DEMOD_POST_DEMOD_FILTER_BW ADF7030-1デザイン・センターによって生成。またはアナログ・デバイセズから提供。 0x0 R/W
[7:0] DEMOD_DISC_BW レシーバーの弁別器帯域幅 0x0 R/W

自動周波数制御(AFC)設定レジスタ2


アドレス:0x20000320、リセット:0x00000003、レジスタ名:PROFILE_RADIO_AFC_CFG2

表2. PROFILE_RADIO_AFC_CFG2のビットの説明
ビット ビット名 説明 リセット アクセス
[31:30] Reserved 予備。 0x0 R
29 AFC_PRODUCT_SEL ADF7030-1デザイン・センターによって生成。またはアナログ・デバイセズから提供。 0x0 R/W
28 AFC_INVERT AFC反転。 0x0 R/W
[27:22] AFC_BW AFC測定帯域(BW) 0x0 R/W
[21:19] AFC_SAMPLE_RATE ADF7030-1デザイン・センターによって生成。またはアナログ・デバイセズから提供。 0x0 R/W
[18:3] AFC_INITIAL_CONDITION ADF7030-1デザイン・センターによって生成。またはアナログ・デバイセズから提供。 0x0 R/W
[2:0] AFC_MODE ADF7030-1デザイン・センターによって生成。またはアナログ・デバイセズから提供。 0x3 R/W

FCC Part 15帯での感度低下周波数 − 902MHz~928MHz


ユースケース


表3は、このアプリケーション・ノートで検討する7つのユースケースを示したものです。レシーバー帯域幅と感度低下帯域幅についても記載しています。感度低下帯域幅は、レシーバー帯域幅の1.5倍となっています。

表3. ユースケース
Use Case Data Rate (kbps) Frequency Deviation (kHz) Maximum Frequency Error (ppm) Intermediate Frequency (kHz) Receiver Bandwidth (kHz) Desense Bandwidth (kHz)
UC10 10 5.0 10 81.25 20.0 30.0
UC12p5 12.5 50.0 10 180.55 135.42 203.13
UC25 25 6.3 10 103.17 77.38 116.07
UC50 50 25.0 10 135.42 101.57 152.35
UC100 100 25.0 13 180.55 135.42 203.13
UC150 150 37.5 25 270.83 203.12 304.68
UC300 300 75.0 10 406.25 395.00 592.50

分類


表4~表10は、902MHz~928MHz帯における7通りのユースケースに対するチャンネル周波数を示したものです。この周波数帯では、通常、スプリアス現象によるレシーバーの感度低下が見られます。各周波数が分類分けされ、この分類がソフトウェア・アルゴリズムで使用されます。

表4. UC10に対応した902MHz~928MHz帯での問題周波数の分類
周波数(MHz) レシーバー感度低下の原因 ソフトウェア・アルゴリズムによる問題解決の可能性 ソフトウェア・アルゴリズムの分類
903.5 ADCのクロック高調波 Yes ADC_DESENSE_CHAN
910.0 26MHz水晶発振器(XTAL)の高調波 No 該当せず
916.5 ADCのクロック高調波 Yes ADC_DESENSE_CHAN
923.0 ADCのクロック高調波 Yes ADC_DESENSE_CHAN
表5. UC12p5に対応した902MHz~928MHz帯での問題周波数の分類
周波数(MHz) レシーバー感度低下の原因 ソフトウェア・アルゴリズムによる問題解決の可能性 ソフトウェア・アルゴリズムの分類
903.5 ADCのクロック高調波 Yes ADC_DESENSE_CHAN
905.9 クロック高調波とLO高調波のミキシング Yes CLOCK_LO_HARM_DESENSE_CHAN
910.0 26MHz XTALの高調波 No 該当せず
912.4 クロック高調波とLO高調波のミキシング Yes CLOCK_LO_HARM_DESENSE_CHAN
916.5 ADCのクロック高調波 Yes ADC_DESENSE_CHAN
918.9 クロック高調波とLO高調波のミキシング Yes CLOCK_LO_HARM_DESENSE_CHAN
923.0 ADCのクロック高調波と復調器のクロック高調波 Yes ADC_DESENSE_CHAN and DEMOD_DESENSE_CHAN
表6. UC25に対応した902MHz~928MHz帯での問題周波数の分類
周波数(MHz) レシーバー感度低下の原因 ソフトウェア・アルゴリズムによる問題解決の可能性 ソフトウェア・アルゴリズムの分類
903.5 ADCのクロック高調波 Yes ADC_DESENSE_CHAN
905.8 クロック高調波とLO高調波のミキシング Yes CLOCK_LO_HARM_DESENSE_CHAN
910.0 26MHz XTALの高調波 No 該当せず
912.3 クロック高調波とLO高調波のミキシング Yes CLOCK_LO_HARM_DESENSE_CHAN
916.5 ADCのクロック高調波 Yes ADC_DESENSE_CHAN
918.8 クロック高調波とLO高調波のミキシング Yes CLOCK_LO_HARM_DESENSE_CHAN
923.0 ADCのクロック高調波と復調器のクロック高調波 Yes ADC_DESENSE_CHAN and DEMOD_DESENSE_CHAN
925.3 クロック高調波とLO高調波のミキシング Yes CLOCK_LO_HARM_DESENSE_CHAN
表7. UC50に対応した902MHz~928MHz帯での問題周波数の分類
周波数(MHz) レシーバー感度低下の原因 ソフトウェア・アルゴリズムによる問題解決の可能性 ソフトウェア・アルゴリズムの分類
903.5 ADCのクロック高調波 Yes ADC_DESENSE_CHAN
910.0 26MHz XTALの高調波 No 該当せず
914.5 クロック高調波とLO高調波のミキシング Yes CLOCK_LO_HARM_DESENSE_CHAN
916.5 ADCのクロック高調波 Yes ADC_DESENSE_CHAN
923.0 ADCのクロック高調波と復調器のクロック高調波 Yes ADC_DESENSE_CHAN and DEMOD_DESENSE_CHAN
927.5 クロック高調波とLO高調波のミキシング Yes CLOCK_LO_HARM_DESENSE_CHAN
表8. UC100に対応した902MHz~928MHz帯での問題周波数の分類
周波数(MHz) レシーバー感度低下の原因 ソフトウェア・アルゴリズムによる問題解決の可能性 ソフトウェア・アルゴリズムの分類
903.5 ADCのクロック高調波 Yes ADC_DESENSE_CHAN
905.9 クロック高調波とLO高調波のミキシング Yes CLOCK_LO_HARM_DESENSE_CHAN
910.0 26MHz XTALの高調波 No 該当せず
916.5 ADCのクロック高調波 Yes ADC_DESENSE_CHAN
918.9 クロック高調波とLO高調波のミキシング Yes CLOCK_LO_HARM_DESENSE_CHAN
923.0 ADCのクロック高調波と復調器のクロック高調波 Yes ADC_DESENSE_CHAN and DEMOD_DESENSE_CHAN
927.6 クロック高調波とLO高調波のミキシング Yes CLOCK_LO_HARM_DESENSE_CHAN
表9. UC150に対応した902MHz~928MHz帯での問題周波数の分類
周波数(MHz) レシーバー感度低下の原因 ソフトウェア・アルゴリズムによる問題解決の可能性 ソフトウェア・アルゴリズムの分類
903.5 ADCのクロック高調波 Yes ADC_DESENSE_CHAN
906.0 クロック高調波とLO高調波のミキシング Yes CLOCK_LO_HARM_DESENSE_CHAN
910.0 26MHz XTALの高調波 No 該当せず
916.5 ADCのクロック高調波 Yes ADC_DESENSE_CHAN
923.0 ADCのクロック高調波と復調器のクロック高調波 Yes ADC_DESENSE_CHAN and DEMOD_DESENSE_CHAN
927.7 クロック高調波とLO高調波のミキシング Yes CLOCK_LO_HARM_DESENSE_CHAN
表10. UC300に対応した902MHz~928MHz帯での問題周波数の分類
周波数(MHz) レシーバー感度低下の原因 ソフトウェア・アルゴリズムによる問題解決の可能性 ソフトウェア・アルゴリズムの分類
903.5 ADCのクロック高調波 Yes ADC_DESENSE_CHAN
903.7 クロック高調波とLO高調波のミキシング Yes CLOCK_LO_HARM_DESENSE_CHAN
910.0 26MHz XTALの高調波 No 該当せず
910.5 クロック高調波とLO高調波のミキシング Yes CLOCK_LO_HARM_DESENSE_CHAN
916.5 ADCのクロック高調波 Yes ADC_DESENSE_CHAN
923.0 ADCのクロック高調波と復調器のクロック高調波 Yes ADC_DESENSE_CHAN and DEMOD_DESENSE_CHAN
923.5 クロック高調波とLO高調波のミキシング Yes CLOCK_LO_HARM_DESENSE_CHAN
927.9 クロック高調波とLO高調波のミキシング Yes CLOCK_LO_HARM_DESENSE_CHAN

ホスト・ソフトウェア・アルゴリズム

表4~表10を基に、ホストが感度低下防止対象のチャンネル周波数をベースとしてADF7030-1無線プロファイルを変更する方法を、次の擬似Cコードで概念的に説明します。CMD_PHY_RXコマンドを発行する前に、PHY_ON状態でこれらの無線プロファイル設定の変更を行ってください。これらの設定を変更した後は、CMD_CFG_DEVを発行する必要はありません。

AN-2064 Code Block 1

AN-2064 Code Block 2

AN-2064 Code Block 3

AN-2064 Code Block 4

AN-2064 Code Block 4

トランスミッタとレシーバーを一体化して整合した場合の結果

このテスト設定で使用した評価用ボードのRFマッチは、部分最適です。そのため、レシーバー感度のベースラインは実現可能な最高性能を表しているとは限りません。

図1. アルゴリズム非適用(青)とアルゴリズム適用(赤)の場合のレシーバー感度(5%のパケット・エラー・レート(PER)で測定)、 データ・レート = 10kbps、変調 = GFSK、周波数偏差 = 5kHz、トランスミッタとレシーバーを一体化して整合した場合
図1. アルゴリズム非適用(青)とアルゴリズム適用(赤)の場合のレシーバー感度(5%のパケット・エラー・レート(PER)で測定)、 データ・レート = 10kbps、変調 = GFSK、周波数偏差 = 5kHz、トランスミッタとレシーバーを一体化して整合した場合

図2. アルゴリズム非適用(青)とアルゴリズム適用(赤)の場合のレシーバー感度(5% PERで測定)、データ・レート = 12.5kbps、 変調 = GFSK、周波数偏差 = 50kHz、トランスミッタとレシーバーを一体化して整合した場合
図2. アルゴリズム非適用(青)とアルゴリズム適用(赤)の場合のレシーバー感度(5% PERで測定)、データ・レート = 12.5kbps、 変調 = GFSK、周波数偏差 = 50kHz、トランスミッタとレシーバーを一体化して整合した場合
図3. アルゴリズム非適用(青)とアルゴリズム適用(赤)の場合のレシーバー感度(5% PERで測定)、データ・レート = 25kbps、 変調 = GFSK、周波数偏差 = 6.25kHz、トランスミッタとレシーバーを一体化して整合した場合
図3. アルゴリズム非適用(青)とアルゴリズム適用(赤)の場合のレシーバー感度(5% PERで測定)、データ・レート = 25kbps、 変調 = GFSK、周波数偏差 = 6.25kHz、トランスミッタとレシーバーを一体化して整合した場合
図4. アルゴリズム非適用(青)とアルゴリズム適用(赤)の場合のレシーバー感度(5% PERで測定)、データ・レート = 50kbps、 変調 = GFSK、周波数偏差 = 25kHz、トランスミッタとレシーバーを一体化して整合した場合
図4. アルゴリズム非適用(青)とアルゴリズム適用(赤)の場合のレシーバー感度(5% PERで測定)、データ・レート = 50kbps、 変調 = GFSK、周波数偏差 = 25kHz、トランスミッタとレシーバーを一体化して整合した場合
図5. アルゴリズム非適用(青)とアルゴリズム適用(赤)の場合のレシーバー感度(5% PERで測定)、データ・レート = 100kbps、 変調 = GFSK、周波数偏差 = 25kHz、トランスミッタとレシーバーを一体化して整合した場合
図5. アルゴリズム非適用(青)とアルゴリズム適用(赤)の場合のレシーバー感度(5% PERで測定)、データ・レート = 100kbps、 変調 = GFSK、周波数偏差 = 25kHz、トランスミッタとレシーバーを一体化して整合した場合
図6. アルゴリズム非適用(青)とアルゴリズム適用(赤)の場合のレシーバー感度(5% PERで測定)、データ・レート = 150kbps、 変調 = GFSK、周波数偏差 = 37.5kHz、トランスミッタとレシーバーを一体化して整合した場合
図6. アルゴリズム非適用(青)とアルゴリズム適用(赤)の場合のレシーバー感度(5% PERで測定)、データ・レート = 150kbps、 変調 = GFSK、周波数偏差 = 37.5kHz、トランスミッタとレシーバーを一体化して整合した場合
図7. アルゴリズム非適用(青)とアルゴリズム適用(赤)の場合のレシーバー感度(5% PERで測定)、データ・レート = 300kbps、 変調 = GFSK、周波数偏差 = 75kHz、トランスミッタとレシーバーを一体化して整合した場合
図7. アルゴリズム非適用(青)とアルゴリズム適用(赤)の場合のレシーバー感度(5% PERで測定)、データ・レート = 300kbps、 変調 = GFSK、周波数偏差 = 75kHz、トランスミッタとレシーバーを一体化して整合した場合

著者

Edwin Umali

Edwin Umali

Edwin Umali。2016年にアナログ・デバイセズに入社以来、RF ISMバンド・トランシーバーに取り組む。東京の電気通信大学で博士号を取得。専門はワイヤレス通信とシグナル・プロセッシング。

Niall Kearney

Niall Kearney

Niall Kearney。ユニバーシティ・カレッジ・ダブリンを卒業後アナログ・デバイセズに入社、RFグループに所属。その後、MotorolaでRF設計者、Freescale SemiconductorでRFシステム・アーキテクトとして勤務、セルラ式携帯電話の2G/3G/4Gトランシーバーの設計を行う。2009年にアナログ・デバイセズに復帰、IoTトランシーバーを担当し、2017年以降は集積化プレシジョン・グループに所属。また、ユニバーシティ・カレッジ・コークのMEngSc学位プログラムの一環として周波数発生のモジュールについて指導を行う。