質問:
GMSL™を採用したシステムを設計したいと考えています。トンネル・モードにおけるD-PHY™からC-PHY™への変換がサポートされていない場合、その設計にはどのような影響が及ぶのでしょう? また、その影響を回避するにはどうすればよいですか?

回答:
GMSLのトンネル・モードでは、CSI-2®のパケット構造全体が変更されることなく転送されます。そのため、リンク全体が元のPHY(物理層。D-PHYまたはC-PHYが使用される)に対応している必要があります。このことは、特にD-PHYの制限を超える複数のビデオ・ストリームをマージする場合に大きな制約になる可能性があります。ただ、この問題を回避する策は存在します。例えば、GMSLに対応するデシリアライザ「MAX96724ファミリ」のようなコンポーネントを使用すれば、トンネル・モードにおいてデータの完全性を維持しつつD-PHYからC-PHYへの変換を実行できます。つまり、上記の制約に対するソリューションが提供されているということです。そうした製品を活用すれば、データの完全性(データ・インテグリティ)を損なうことなく、より高いデータ・レートに対応できます。その結果、柔軟性に優れるシステム設計が可能になります。
GMSLの概要
GMSL(Gigabit Multimedia Serial Link)は、アナログ・デバイセズ独自のSERDES(シリアライザ/デシリアライザ)技術です。1本の同軸ケーブルまたはシールド付きツイスト・ペア(STP:Shielded Twisted Pair)ケーブルを使用することにより、長距離にわたる高速なビデオ・データ伝送を実現できます。GMSLは、もともと電磁干渉(EMI)に対する堅牢性の向上とケーブル・ハーネスの軽量化を目的として車載用途向けに開発されたものです。ただ、現在では産業、農業、医療などの分野でも広く活用されています。
GMSLには、GMSL1、GMSL2、GMSL3の3つの世代があります。本稿では、それぞれの違いについての解説は割愛します。ただ、本稿を読み進めるに当たり、以下の2点を把握しておいてください。
- 本稿で説明する技術や機能の詳細は、GMSL1には当てはまりません。
- GMSLのポートフォリオ全体は、複数種のビデオ・インターフェース(パラレル、CSI-2、HDMI®、OLDIなど)間のビデオ・データ転送をサポートしています。ただ、本稿で説明する内容は、CSI-2に対応するGMSLコンポーネントを対象としています。
図1に示すのは、GMSLに対応する基本的なネットワークの構成例です。ご覧のように、SERDESはビデオ・ソースとビデオ・シンクの間に配置されます。それにより、必要なケーブルの数を削減しつつ、両者の距離を大幅に延長できます。
ここでビデオ・ソースとなるのは、センサーまたはプロセッサ・ユニットのうちいずれかです。一方、ビデオ・シンクとしてはディスプレイまたはプロセッサが使用されます。
CSI-2はビデオ用の高速インターフェース
CSI(Camera Serial Interface)-2は、MIPI(Mobile Industry Processor Interface)アライアンスによって標準化された高速ビデオ・インターフェースです。自動車、モバイル機器、ドローン、ロボットといった多くのアプリケーションで活用されています。通常、CSI-2のビデオ・ソースはセンサー(イメージ・センサー、レーダー、LiDAR)です。一方、ビデオ・シンクとしてはプロセッサ、SoC(System on Chip)、マイクロコントローラなどが使用されます。
CSI-2は、画像データのフォーマット、受信方法、送信方法を定義するプロトコル仕様です。ハードウェア層としてはD-PHYまたはC-PHYが使用されます。D-PHYとC-PHYは、MIPIアライアンスによって定義された物理層のインターフェースです。それぞれの規格では、高速なデータ伝送に必要となる電気的特性、信号品質(シグナル・インテグリティ)、タイミング仕様などが規定されています。
以下、D-PHYとC-PHYについて簡潔にまとめます。
- C-PHYは、D-PHYと比べて帯域幅がより広いアプリケーションに対応できます。各PHYは異なるデータ・レーンとクロック・レーンのトポロジを使用します。そのため、プリント回路基板のレイアウトを実施する際に考慮すべき事柄も異なります。
- CSI-2のパケット構造は、ヘッダ、ペイロード、フッタの3つの主要なセグメントから成ります。若干の違いはありますが、C-PHYでもD-PHYでもこの構造が使用されます。
- ヘッダには、ペイロードの内容に関する情報が含まれています。その情報には、セキュリティを確保するための保護が適用されています。受信側は、ヘッダに含まれる情報によってどのような種類のデータに対応すればよいのかを把握できます。
- ペイロードは、送信する必要がある主要な情報によって構成されます。
- フッタは、CRC(Cyclic Redundancy Check)のチェックサムを利用してペイロードの情報を保護するために使用されます。
SERDESによるビデオ・データの伝送
GMSLベースのシステムでは、CSI-2のパケットをシリアライザによって受信します。それらのデータは、GMSLのパケット形式にエンコードされます。そして、シリアライザと対を成すデシリアライザにケーブルを介して伝送されます。デシリアライザはビデオ・データを解凍(アンパック)し、CSI-2の情報をローカルのプロセッサに送信します。
GMSLやCSI-2に対応するコンポーネントの進化に伴い、ビデオ・データの伝送には2つの異なるモードが使われるようになりました。それがピクセル・モードとトンネル・モードです。どちらのモードでも、GMSLのリンクを介して安全かつ高い信頼性でビデオ・データを伝送できます。但し、両モードを利用するに当たっては、それぞれの仕様を考慮する必要があります。
ピクセル・モードは、GMSL2に対応する最初の製品ファミリで導入されたレガシーな伝送モードです(図2)。このモードでは、まず入力されたCSI-2のパケットのヘッダとフッタが削除されます。そして、ペイロードのデータがピクセル形式に変換され、GMSLのリンクを介して送信されます。CSI-2の形式からピクセル形式への変換はシリアライザで行われます。リンクの反対側に位置するデシリアライザでは、新たなヘッダとフッタが追加され、CSI-2の構造が再構築されます。
一方、トンネル・モードでは、CSI-2のデータ構造全体が再パケット化されます(図3)。そのため、トンネル・モードはCSI-2フォワーディングと呼ばれることもあります。同モードは、ピクセル・ベースの処理はサポートしていません。
ひと言でGMSLに対応する製品といっても、対応する伝送モードはそれぞれに異なります。トンネル・モードを使用できるものもあれば、ピクセル・モードを使用できるものもあります。また、両方の伝送モードに対応できる製品も存在します。この点については、各製品のデータシートを確認する必要があります。
GMSLのリンクを正常に動作させるには、シリアライザとデシリアライザの両方がピクセル・モードまたはトンネル・モードのうちいずれかをサポートするように構成(コンフィギュレーション)されている必要があります。つまり、両者がサポートするモードが一致していなければなりません。両者のモードが一致していない場合にはビデオ・データの伝送に失敗します。なお、GMSLに対応するコンポーネントは、I2C、UART(Universal Asynchronous Receiver/Transmitter)、GPIO(General-Purpose Input/Output)といったペリフェラル・インターフェースやプロトコルをサポートしているはずです。それらは伝送モードの影響は受けません。ピクセル・モードに対応する製品でもトンネル・モードに対応する製品でも、モードの違いに依存することなく同じように機能します。
ピクセル・モードとトンネル・モードの機能の比較
ピクセル・モードとトンネル・モードのうちどちらを使用するのかに応じ、GMSLベースのシステムを実装する際に注意すべきことは異なります。
それらの注意点は、CSI-2のパケット構造そのものや、CSI-2のヘッダとフッタに含まれる情報の種類に関連するものです。以下では、いくつかの注意点について説明します。
データの完全性
GMSLによる通信は、チェックサムを利用する独自のアルゴリズムによって保護されます。そのアルゴリズムに加えて、CSI-2のプロトコルではペイロード(バイト単位)を対象として16ビットのCRCが計算されます。その情報はパケットのフッタに格納されます。ヘッダの情報はこのチェックサムには含まれません。
ピクセル・モードにおいて、CSI-2のCRCの情報は、シリアライザによってチェック/確認された後に破棄されます(図4)。ビデオのペイロードがデシリアライザに到達すると、新たにCSI-2のCRCが計算されます。プロセッサは、データのパッケージを受信すると、そのCSI-2のCRCをチェックします。CSI-2とGMSLの両チェックサムを使用することで、シグナル・チェーン全体にわたってデータの完全性が確保されます。
一方、トンネル・モードでは、センサーからの元のCRCがリンクを介してプロセッサまで到達することになります(図5)。そのため、データの完全性が向上します。また、GMSLのCRCがシリアライザとデシリアライザの間にも存在するため、より高い冗長性が確保されます。
また、トンネル・モードは、デシリアライザのレベルでCRCのインライン・チェックもサポートしています。それにより、CSI-2のヘッダまたはペイロードのCRCを検証すると共に、オプションで訂正することもできます。チェックサムの不一致が検出されたら、エラーのレポート機能によってそのことを報告することが可能です。そうすれば、SoCのレベルでデータが取得される前に、迅速にエラーを検出できます。
ピクセル・モードでもトンネル・モードでも、シリアライザとデシリアライザが内蔵するFEC(Forward Error Correction)機能を使用すれば、両者の間で更にデータの完全性を高められます。
アグリゲーション
GMSLについて語る文脈において、アグリゲーションとは、複数のビデオ・ストリームを1つの出力にマージする機能のことを指します。それにより、ビデオ・シンクの入力ピンをより最適に使用できるようになります1。図6に示したのは、シングル入力のシリアライザ「MAX96717」を2つ、デュアル入力のデシリアライザ「MAX96716A」を1つ使用してアグリゲーションを実現する例です。
伝送モードは、GMSLのポートごとに個別に設定できます。図6の例の場合、シリアライザと、デシリアライザの入力ポートを、ピクセル・モードまたはトンネル・モードのうちいずれかに対応するように構成する必要があります。アグリゲーションは、同じ伝送モードでやり取りされるビデオ・ストリームを対象とする場合のみ実現可能です。
一方のリンクがピクセル・モードで動作し、もう一方のリンクがトンネル・モードで動作する場合、アグリゲーションは実施できません。このように伝送モードが混在する場合、デシリアライザの異なる出力ポートからそれぞれのビデオ・ストリームを送信する必要があります(図7)。
MIPIのPHYにおける変換
2つ以上のセンサーからの複数のビデオ・ストリームを単一のMIPIポートに統合したいケースを考えます。その場合、別の問題が発生する可能性があります。統合されたビデオ・データの転送レートがD-PHYの上限である10Gbpsを超えてしまうかもしれないからです。このボトルネックを解消し、アーキテクチャの設計に多くの制約が加わらないようにするにはどうすればよいのでしょうか。理想的には、ビデオ用のシグナル・チェーン上でD-PHYからC-PHYへの変換を実施できればよいということになります。
ピクセル・モードでは、CSI-2のペイロードだけがソースからシンクまで変更されず、両方のPHYで同じ構造を備えています。つまり、GMSLのピクセル・モードでは、シンクとソースは、どちらがどの種類のPHYを使用しているのか意識する必要がありません。PHYにおけるパケット構造は、ヘッダとフッタのレベルでだけ異なります。そのため、D-PHYの構造をデシリアライザのレベルで分解し、ペイロードの情報に影響を与えることなく、C-PHYとして再構成することができます。
一方、トンネル・モードについては、上記の機能がネイティブに存在するわけではありません。つまり、同モードではD-PHYからC-PHYへの変換はサポートされていないのです。
但し、例外もあります。MAX96724/MAX96724F/MAX96724Rは、CSI-2に対応するクワッド入力のデシリアライザ・ファミリです。これらの製品は、CSI-2に対応する最大4つのポートをD-PHYまたはC-PHYの構成でサポートします。そして、ピクセル・モードまたはトンネル・モードのうちどちらかで動作するように構成できます。これらの製品では、トンネル・モードにおいて、データの完全性に影響を及ぼすことなくD-PHYからC-PHYへの変換を実行できます。
仮想チャンネルの管理
ここで言う仮想チャンネルとは、CSI-2のパケットに割り当てられるラベルのことです。それらは、各データのペイロードを識別できるようにするために使用されます。受信側では、複数の受信ストリームをデマルチプレクスした上で、それぞれを区別する必要があります。そのため、アグリゲーションを使用するアプリケーションでは、仮想チャンネルの重要性が高まります。それらのラベルは、CSI-2のパケットのヘッダに含まれています。
上記の理由から、ピクセル・モードでは、GMSL対応コンポーネントにおいて仮想チャンネルを個別に再割り当てできるようになっています。それに対し、トンネル・モードをサポートするデバイスは、すべてこのような柔軟性を備えているわけではありません。その機能を利用できない場合、各ソースで固有の仮想チャンネルを設定する必要があります。
回路図とレイアウトへの影響
ピクセル・モードとトンネル・モードの違いはプロトコルのレベルのものです。そのため、どちらを使用する場合でも、アプリケーションの回路図に特に変更を加える必要はありません。
GMSLに対応するコンポーネントは、電源の投入時にピクセル・モードとトンネル・モードのうちどちらで動作するのかをプログラムすることができます。このデフォルトの設定は、あらかじめ定義された抵抗分圧回路をCFG[#]ピンに接続することで実現されます。使用する抵抗の値は、各コンポーネントのデータシートに記載されています。それらの抵抗値に応じ、電源の投入時にデフォルトでピクセル・モードになるのかトンネル・モードになるのかが決まります。
また、電源を投入する際のデフォルトの構成に依存することなく、レジスタへの書き込みによってモードを切り替えることも可能です。
ピクセル・モードとトンネル・モードは、同一の基板上で使い分けることができます。使用するモードに応じて、基板のレイアウトや層構造を変更する必要はありません。
まとめ
本稿で説明したように、GMSLには2つのモードが存在します。性能と堅牢性に優れるシステムを設計するためには、それらの違いを理解しておかなければなりません。表1は、ピクセル・モードとトンネル・モードがサポートする機能の一部を比較したものです。簡単に言えば、ピクセル・モードを使用することでシステムの柔軟性を高められます。一方、トンネル・モードを使用する場合、システムの汎用性がある程度犠牲になりますが、データの完全性が向上します。
機能 | ピクセル・モード | トンネル・モード |
GMSLにおけるCRC | あり | あり |
FEC/FECにおけるCRC | あり | あり |
エンドtoエンドのCSI-2のCRC | なし | あり |
DESにおけるCSI-2のCRCの監視 | なし | あり |
MIPIのPHYの変換 | あり | 製品に依存 |
アグリゲーション | あり | あり |
仮想チャンネルの操作 | あり | 製品に依存 |
データ・タイプの変換 | なし | なし |
製品に依存
1 「GMSL2 General User Guide(GMSL2の総合ユーザ・ガイド)」 Analog Devices、2023年12月