2017年2月6日公開
はじめに
それは新卒で入社して3年くらいのときだったかもしれません。「いしい君、今つかっているフォトカプラだとスピードでなくてね。なんかいいの知らない?」と他の部署の先輩が聞いてきました。
「ああ、◎◎社のやつなんか結構高速は高速ですよね」「うん、ありがとう」
その後の経緯は良く記憶にありませんが、私の直属の上長だったひとにも相談に行ったようで、その人は今使っていたフォトカプラで、コレクタについている抵抗を少し大きくして、「ほれ」とその他部署の人に見せていました。蓄積時間を少なくして高速化するという技でした。「うーむ。なるほどねえ」と駆け出しの頃に思ったものでした(とはいえこの手法は、フォトカプラの電流伝達率の経時変化の観点から本当は良くない)。
といっても、現在のデジタル信号伝送はより高速になってきています。フォトカプラで信号伝送させるにも「スピードでなくてね。なんかいいの知らない?」となりがちでしょう。
現在では、フォトカプラと同じ機能を実現し、高速通信が可能な高速デバイス、「デジタル・アイソレータ」と呼ばれる各種の製品が販売されています。
デジタル・アイソレータの使いみち
デジタル・アイソレータは、回路の1次側と2次側を直流的に絶縁するものです。フォトカプラと同じ機能なわけなので、使い道は(フォトカプラを考えれば)イメージしやすいものではないでしょうか。
ところで図1のようなシステムで、「ミックスドシグナル・プリント基板上でアナログGNDとデジタルGNDをどうつなぐ?」というのは良くある話です。このふたつのグラウンド間を不適切に接続すると、グラウンド・ノイズによりアナログ的な性能が低下してしまいます。
プリント基板上でのパターン・レイアウトにより解決する方法もありますが、複雑なシステムでは理想形はかなり難しいかもしれません。
ここに高速のデジタル・アイソレータを活用することができます。アナログGNDとデジタルGNDを分離したままで信号伝送が可能になります。直流レベルがアイソレーションされ、グラウンド間に生じるグラウンド・ノイズの影響をゼロにできます。無線通信みたいなものですね。
iCouplerのスピードを「パネルdeボード」の評価用変換ボードで実験してみる
そこでアナログ・デバイセズのデジタル・アイソレータ「iCoupler」のスピードがどんなモンか実験してみようと思います。P版.comの「パネルdeボード」のサービスで、このiCoupler専用のアイソレーションされた評価用変換ボードを用意しており、これを活用して実験してみたいと思います(図2)。
使うiCouplerはADuM4402という高速品
使うiCouplerはADuM4402というもので、左行き2ch、右行き2chの構造になっているものです(図3)。電源電流を20mA(@ 3V)まで流すのを許容すれば90Mbpsまでいきます。2Mbps であれば、電源電流は0.9mA(@ 3V)です。
一般的に使われているフォトカプラですと、大体1~数Mbpsが良いところではないでしょうか。自分も昔はフォトカプラを使っていましたが、オープンコレクタ構造であることから、蓄積時間があり、キャリアが消滅するまで時間がかかるので、高速フォトカプラを使っても、立ち上がりが1μs程度の波形になることが多いのではないでしょうか。
古いフォトカプラで予備実験してみる
その私が駆け出しの頃、今では「いにしえ」ともいえる頃に販売されていたフォトカプラを秋月電子で入手したので、まずは予備実験としてどんな特性が得られるかを見てみましょう。フォトカプラということで、アナログ・デバイセズの製品ではありません…。
図4に測定結果を示します。LED電流は12mA流します。コレクタに接続した出力抵抗は470Ω、電源は5Vです。入力のデジタル・データは4kbpsととても低速ですが、それでも出力波形が鈍って観測されます。オープンコレクタの回路構成なので、入出力の波形の極性が反転しています。
出力波形の立ち上がりは100μsほどになっています。かなり古い製品なので、信号の応答はとても低速です…。最新の高速フォトカプラであれば、より高速な伝送は可能です。
「それでは蓄積時間が影響しないはずのエミッタ・フォロワ型はどうか」というわけで、エミッタ・フォロワ型にフォトカプラ回路を構成しなおして、波形を観測してみましょう。フォトカプラのエミッタ出力に抵抗を接続し、コレクタ側は5V電源に直接接続します。測定してみた波形が図5ですが、あまり変化がありません…。
iCouplerはトランスによる磁気結合方式
iCouplerはデジタル入力の論理変化・論理状態をパルス信号に変換してIC内のコイル間(トランス)で1次側と2次側とで通信するような構造になっています。トランス構造ということで電磁誘導現象を用いた磁気結合方式になっています。
内部通信速度を高速にすれば、それに応じて高速にできるわけで、さきのADuM4402で90Mbpsという伝達速度も実現できるわけです。ADuM344xなんかですと150Mbpsまでいきます。
英文ですがよい資料がありましたので、ご紹介します。
High Speed Digital Isolators Using Microscale On-Chip Transformers
この資料にも内部構造が掲載されていますが、事業部からもいくつかIC内のトランス画像を入手したのでご紹介します。
図6は一番基本的な「絵」でありまして、このように20μmのポリイミドによりトランスの1次側と2次側が絶縁されています。同図の右側をみると、1次側はCMOSのダイ、2次側にもCMOSのダイがあり、その2次側のダイのうえにこのポリイミドをサンドしたトランスが形成されていることが分かります。
また図7はCMOSのダイ間にトランスが配置された構造のもの、図8はこのトランス部を拡大したものです。図9もトランスです(笑)。
図9のトランスは図10のような施設に設置されているものです。図9のトランスは中央のものになります。この写真を出すと、知っている人は「ああ…」と思うかもしれませんが、UVW(RST)が3相並んでいるようすです。たしか左から東芝、三菱、日立で1相ずつを担当しています。iCouplerなら3chで120°位相ずらした通信って感じですかね(笑)。
トランス容量を調べてみたら、どうやら1000MVAみたいですね。実はこの設備は、東京電力新榛名変電所にある「100万V実証試験設備」なのでありました!
ところでこのトランス。最初は「トランス容量3MVA」と思っていましたが、「?」と思って再確認すると1000MVA = 1GVAで(汗)、スケールレンジを理解していないことを露呈した形になってしまいました!これで強電はペーパードライバということがバレバレです(汗)。電子回路からすれば「PN接合での電圧降下は3mVです」と言ってしまうようなモノです…。「考慮する対象のスケールレンジをイメージしていることが、いかに重要なのかがここでも分かる」という副産物をご提供したことにして、少し言い訳させていただきました(汗)。
使う評価用変換ボードは「パネルdeボード」
P版.comのパネルdeボードのサービスで、このiCoupler専用のアイソレーションされた評価用変換ボードを用意しています。
今回はこれを使ってADuM4402をテストしてみました。図11は部品面のようすです。ところで「話の途中で雑談をはさむと集中力が途切れる」といわれたことがありますが、それに反して雑談を(笑)。
図11の左上に10μF 50Vのコンデンサが見えますが、これは千石電商で30個注文したはずが130個到着したものです。「をっ!」と驚き、発送ミスだろうと思いつつも、その一方で自分のオーダミスが頭をよぎりました。注文書を見てみると、「130個」と、間違いなく、確かに、よぎったとおりでした(汗)…。
さて、iCouplerは電磁方式であるため、デカップリングが重要です。図12の半田面の写真をみて分かるように、VCCとGNDが隣同士に並んでおり、またこのパネルdeボードでの変換ボードは1608チップが乗るサイズになっているため、非常にいい感じでグラウンドとのデカップリングが取れます。
実際に特性を確認してみよう
ADuM4402CRIZを使ってまずは小手調べ
実験で使用したiCouplerはADuM4402CRIZというモノで、Cが90Mbps品を示しており、RIは距離8mmの沿面距離の長いパッケージを示しています。RIは従来のRWパッケージの横幅が広がっているだけで、フットプリント(基板パターン。ピン先端から先端まで)は同じです。
はるか昔の「今つかってるフォトカプラだとスピードでなくてね」という話の時代での「高速通信(1Mbps程度)」を、小手調べとしてやってみたのが、図13のオシロスコープの波形です。カーソルからカーソルが1μs(1Mbps)です。入出力で若干の遅延は見えますが、「だいぶ余裕」という感じですね。
なお、以降でも説明していきますが、この図13の波形観測はパッシブ・プローブを使用しています。しかし信号が高速になると適切に測定できなくなりますので、注意が必要です。
ところでADuM4402はA, B, Cの3グレードあって、今回使ったのはCグレードです。これはmax 90Mbpsまで動作するものですが、図14にデータシートを抜粋したように、20 min~34 typ~45 max [ns]程度の伝搬遅延があります。これはエンコーディング・デコーディングしているために生じているものです。さきほどの1Mbpsの波形でも見えていたものです。
つづいてこれまたまだ小手調べという感じですが、図15に20Mbpsで動かしてみたようすを示します。ここでも観測はパッシブ・プローブです。
この場合は遅延が約25ns程度になっていることが分かります。
デジタル・アイソレータのちょっと便利な使い方
アイソレータの便利な使い方の一つとして、レベル変換の例をお見せします。図16をご覧ください。1次側を5V電源にして、2次側をスペック最小の2.7V電源にしてみました。ちゃんと2次側では2.7Vの出力レベルになっています(あたりまえ…)。
アイソレーションされていることで、このように簡単にロジック・レベルの変換が可能です。なおこの際は、単なるレベル・シフトということで、1次側と2次側のグラウンドをつないでご使用ください。
ADuM4402CRIZを最高速90Mbpsで使ってみる
いよいよ90Mbps、ということでとても高速なビットレートなわけですが、まずはこれまでのように、テキトーにオシロスコープのパッシブ・プローブを接続して、この高速伝送の波形を観測したようすを図17にお見せします。一応ちゃんと動いていそうだということが分かりますが、この波形は「測定という観点において、インテグリティが十分なのか?」という疑問が出てきてしまいますね。後半で、50Ω系の設定で計測してみたものもお見せします。
なお遅延が実測で25nsありますので、2ビットうしろ(波形は見えない)あたりが受信側で(遅延したかたちで)得られるビット情報になっています。ここではパルスジェネレータのCLKをビット情報として入れていましたので、伝送の遅延時間が判らないという状態でした。そこで遅延時間もデータ・パターンから確認できるように、PRBS(Pseudo Random Binary Sequence; ランダム・データ)で入れてみましょう。
いずれにしてもADuM4402CRIZは、きちんと信号伝送していることはだけ分かります。
ADuM4402CRIZに75MbpsのPRBSをいれてみる
図18のようなCPLDボード(XCR3064XL。ヒューマンデータ社さんのモノ。もう15年以上前に買ったものかもしれない)を用いて、75MbpsのPRBS信号を作ってiCoupler ADuM4402CRIZに入れてみました。XCR3064XLの論理合成結果では、図19のように95MHz程度まで動作できることになっています。
ADuM4402CRIZの仕様自体は90Mbpsまで動くものですが、またXCR3064XLも90Mbpsで動作できるはずですが、丁度USBに挿すと75MHzクロックが得られる基板があったので、これをクロック源としてXCR3064XLにぶち込み(不適切な表現ですが、回路屋はこういう用語も使います)、75MbpsのPRBSデータを作ってみました。
これをADuM4402CRIZに加えたときの波形を図20に示します。XCR3064XLの電源電圧制限から、ADuM4402CRIZの電源は3.3Vにしてあります。図20のCH1がADuM4402CRIZの入力側です。パッシブ・プローブでの観測、またこの入力をドライブするXCR3064XLの出力とは同軸ケーブルでつないであり、終端もしていないので、かなり暴れた波形になっています。
CH2が出力側です。ここはパッシブ・プローブが繋がっているだけなので、それほど暴れていません(あとで50Ω系でインテグリティを高めた計測をしてみます)。PRBSのデータ・パターンから、75Mbpsの信号が29ns程度のディレイでちゃんと通っていることが分かります。
ADuM4402CRIZの80Mbps伝送をインテグリティ高い測定で観測してみる
ADuM4402CRIZは90Mbpsまで伝送できると説明してきましたが、これまでお見せした測定での高速信号波形は、パッシブ・プローブをそのまま接続したものだったので、あまりキレイなものではありませんでした(インテグリティが悪い)。
そこでここでは、よりインテグリティの高い測定を行ってみたいと思います。
電源を3Vにして、図21のように、パルスジェネレータ(パルジェネ)から40MHz = 80Mbps相当の信号を出力します。それを同軸ケーブルで受けてオシロスコープの50Ω入力に入れて、その50Ω入力の結合部分から信号を取り出し、ADuM4402CRIZの入力に接続します。
ADuM4402CRIZの出力側は(これも図21のように)470Ωの抵抗を直列に接続し、それを同軸ケーブルで受けてオシロスコープの50Ω入力に入れて、オシロスコープ側は10:1相当として表示倍率を10倍にして測定します。これと同じしくみでできているプローブのことを「Z0プローブ」といいます。
このようにして、インテグリティを高めた測定をしてみます。図22をご覧ください。入力側がCH1(上)、出力側がCH2(下)になっています。高速信号伝送であっても、非常にきれいな波形が観測できています。80Mbpsでも非常に良好に動作しているようすが分かります。
ADuM4402CRIZの入出力時間ばらつきを観測してみる
これで最後です。オシロスコープをinfinite persistence表示(連続ストア)にして、入出力の時間ジッタのようすを図23のように観測してみました。横軸は1ns/divで、測定はZ0プローブの考え方を用いています。
上側(CH1)が入力側、下側(CH2)が出力側です。トリガは入力側でかけています。1ns = 1GHzなわけですが、思いのほか入出力の遅延バラツキ(時間ジッタ)が少ないことが分かります。
なおこれはADuM4402CRIZでの測定ですので、他のiCouplerは異なる可能性もありますので、ご使用にあたってはご注意いただければと思います。
ここまでで判るように、iCouplerは高速なアイソレーション型インターフェースです、直流絶縁、AD/DAシステムでのAGND/DGNDの分離、レベル変換などなど、多彩なアプリケーションが考えられるでしょう。是非ご検討いただければと思います。
まとめにかえて
最後になりましたが最近のアナログ・デバイセズのiCoupler新製品・新技術のスライドがありましたので、図24にお見せいたしましょう。
これは600MbpsのLVDS信号をアイソレーション伝送できる製品です。かなり高速ですね。このような製品も用意しておりますので、一度「どんなものがあるのかな?」という感じでも結構ですので、是非アナログ・デバイセズのウェブサイトをご覧いただければと思います。
「パネルdeボード」で基板を入手できる
ところで図2や図11で紹介した基板は、P板.comの「パネルdeボード」サービスでも入手可能です。
パネルを選んでつなぐだけ「パネルdeボード」
上記のURLから「特別企画/メーカ提供パネル⇒アナログ・デバイセズ⇒8mm沿面距離iCoupler用」を選んでください。
アイソレーションされた席でラーメンを
最後のオマケです。この実験をしたのはだいぶ前の話なのですが、その前後で久しぶりに秋葉原の「じゃんがらラーメン」に行きました。店に入店すると…
「何名様?お一人!では奥の左側の席へ!」
ゑ…?左側?
「左側ですか?」「はい、左側の壁側です!」
奥に左側の席なんて無いはずだよなあ。カウンターは右側だけだし…。
なんと一番奥の左側に、図25のような「アイソレーション」されたシングル・シートがあったのでした!初めて座りましたし、初めて気がつきました。ということでiCoupler = isolationネタでした(笑)。なお写真は、当時持っていたガラケーで撮影したものですので、クオリティが低くてすいません(__)。
注文したのは「ぜんぶ入り」「ライス」「50円(たしか)で半熟タマゴつきになりますよ!」とのお兄さんのサジェッションこみで、こんな感じでした(図26)。思えば何年ぶりだったかなあ。