スマート・グリッド管理のための電力量計測と適切なアーキテクチャ

アナログ・デバイセズ・電力量計グループ
   Petre Minciunescu  (アプリケーション・エンジニア)著

Electronic Product掲載記事 2011年1月掲載

 

配電網とは、発電所、送電線、そして消費者とを結ぶネットワークのことです。将来、消費者のエネルギー消費量が大幅に増えることが予想されています。というのは、プラグイン電気自動車が市場に登場することによって、その所有者の毎日のエネルギー消費量を大幅に増加させるためです。24kW時のバッテリを搭載し、毎日充電しなければならない電気自動車は、家庭の月間電力消費量を2倍または3倍に増大させる可能性があります。この電力需要の増加に伴い、さらに多くの発電所が増設されることになれば、送電線の改修がいっそう難しくなります。これが、スマート・グリッド方式が導入された理由です。送電線をもっとインテリジェントに管理することによって、エネルギー消費に伴う高調波障害・歪みを最小限に抑え、昼間のエネルギー消費をより均一に分散させることで、消費の増大に対応する必要があります。スマート・グリッドを管理することは、消費者レベルと送電線の両方で何が起きているかをリアルタイムに把握することになります。技術的観点から見ると、1つには多くの電力量を常時測定する必要があるということ、そしてもう1つは、電力会社がこれらの電力量を測定する計測器(電力量計)と定期的に通信を行わなければならないことを意味します。この記事では、どのように電力量をモニタする必要があるかを考察し、それらを測定するためのさまざまなアーキテクチャを考えてみることにします。

電流i(t)を消費する電源電圧v(t)のAC電源システムを考えてみましょう。

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ここで、 Vk、Ik は各高調波における電圧と電流(ともに実効値)、φk 、γk は各高調波の位相遅延、ω=2πfは基本波の角速度です。
合計有効電力:有効電力とは、整数個のライン・サイクルにおける瞬時電力の平均値です。  

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すべての高調波による有効電力の寄与分が含まれるため、「合計」有効電力と呼ばれています。これが最終的に消費者が電力会社に支払う電力量になります。
基本波有効電力:これは基本波の有効電力を意味しています。

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消費者と電力会社の間で交換されるべき電力は、この有効電力となります。電力値が正の場合は消費者が電力を消費していることを示し、逆に負の場合は消費者が配電網に電力を供給していることを意味します。
高調波有効電力:これは特定の高調波kにおける有効電力です。

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このタイプの有効電力が重要であるのは、これが高調波障害・歪みとなり、配電網内に存在してはならないものだからです。ここ数年、高調波による有効電力から基本波の有効電力を分離することが重要になったのはそのためです。高調波有効電力による符号は、どこで歪みが発生し、そしてどこで電力が消費されているかを示します。スマート・グリッドの観点から言えば、この歪みを除去するために高調波有効電力を発生させている箇所を特定することが重要になります。
合計/基本波/高調波の無効電力:無効電力とは、すべての高調波成分が90°だけ位相シフトされたときの電圧波形と電流波形の積と定義することができます。

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これは、平均値0の振動する電力となります。有効電力と同様に、合計、基本波、高調波の区別があります。合計無効電力に関しては、実質それほど重要ではありませんが、長い間論争の的になっていました。一般に測定が必要とされるのは、基本波と高調波の無効電力になります。
電流と電圧の実効値(rms):これは、ライン・サイクルの電流または電圧(瞬時値)における二乗の平均値の平方根を表しています。

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電圧と電流の基本波成分と高調波成分が判明したら、基本波と高調波のrms値も必要になります。
合計/基本波/高調波の皮相電力:皮相電力は、電圧の実効値と電流の実効値との積であり、何の実効値を使用するかによって、合計、基本波、高調波のいずれかになります。

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これらは、最も重要な測定値となります。それ以外にも、三相交流システムにおいては力率、高調波歪み、正/負/ゼロのシーケンス電力などがあります。

これらの電力量を測定する計測器は、必ずしも高性能な電力ライン・モニタの精度を提供するわけではなく、また多くの場合その必要もありません。今後必要に応じて、そして半導体部品が安価になるにつれて、これら電力量をモニタすることが配電網全体で一般に行われるようになるでしょう。たとえば、集合住宅における電力量計の用途で高調波電力を計算しなければならないということは、なかなか想像できませんが、エネルギー消費が最も低い夜間に電気自動車を充電するように奨励することは、スマート・グリッドの観点からは理にかなっています。しかし、上記のすべての電力量を変電所レベルでモニタする計測器が必要となれば、大変なことになります。それよりも、各地域の工場などをモニタし、高調波歪みを可能な限り抑えられているかどうかを検証するほうが、ずっと合理的でしょう。何らかの産業プロセスにおいて配電網に高調波歪みが注入されている可能性のほうが大いにあり得るからです。この段階から配電網の階層まで類似の計測器を利用するとよいでしょう。これによって主要なすべての変電所と電力ラインをモニタすることができます。次に、上記の電力量を算出するためのさまざまなアーキテクチャをご紹介します。


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スタンドアロンのA/Dコンバータ(ADC)とデジタル・シグナル・プロセッサ(DSP)を使用する場合:

設計者にとって、最も柔軟性が得られる方法は、図1のようにDSPにADCを接続して使用することです。DSPは上記の演算ができる任意のデータ処理装置であればよく、マイクロコントローラ(MCU)でも構いません。そのため、図 1ではDSPとMCUを一体化した形でデバイスを示しています。もちろん、ADCの数は、システム内で測定しなければならない電流と電圧の数に応じて変化します。三相システムでは、3つの位相電圧、3つの位相電流、そして1つのニュートラル電流を測定する必要があるでしょう。単相システムでは、1つの相電圧と1つの相電流が必要になります。この方法では、ADCとDSP/MCUをそれぞれ別々に選択するため、特定のアプリケーション向けに適切なADC精度とDSP性能を得ることができ、最も柔軟性の高いシステムとなります。デメリットは、設計者が計測プログラムの開発に多くの時間を費やさなければならないことです。これは簡単な作業ではありません。

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 図 1.スタンドアロンのADCとDSP/MCU

 

ADC内蔵のDSPを使用する場合(図 2):

この方法は、前述の方法よりも柔軟性がやや低くなります。すべてのスタンドアロン型ADCの機能がDSPに内蔵されているわけではなく、ADCを内蔵したDSPでは、特定の限られたクロック周波数、フラッシュ・メモリ・サイズ、通信ペリフェラルなどいくつかの制限があります(図 2)。しかし、コストは一般に抑えられます。

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図 2.ADCを内蔵したDSP/MCU

 

マイクロコントローラとアナログ・フロントエンド(AFE)を使用する場合(図 3):

この方法では、特定の単相または多相計測アプリケーション向けに適切な数の内蔵ADCと、システムが一般に必要とするすべての電力量を演算する計測エンジンを組み合わせた特定用途向け標準品(ASSP)を使用します。AFEは、外部MCUによって管理します。この方法のメリットは、MCUがすべての電力量を演算する必要がないため、前述の方法に比べて低いグレードのMCUでよいということです。クロック周波数が低く、フラッシュ・メモリのサイズが小さくても構いません。すべての電力量が適切な仕様に沿ってAFE側で演算されることがAFEベンダにより保証されているため、設計者はAFEと外部インタフェースの管理にのみ集中することができます。半導体メーカーでは様々なクロック周波数とフラッシュ・メモリのサイズをもったMCU製品ファミリーを提供しており、電力量計メーカーはこのアーキテクチャを効率的にスケーリングできます。

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図 3.MCUとの電力量計測AFE


SoC(システム・オン・チップ)を使用する場合(図 4):

この方法は、電力量計測AFEおよびMCUを内蔵したSoCを使用します。大きなメリットとしては、ワンチップですべてに対応できることです。しかし、設計者が特定の仕様向けに適切なMCUを柔軟に選択することが出来ない点がデメリットとなるかもしれません。このアーキテクチャではスケーリングが容易ではなくなります。

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図 4.ワン・チップSoCの電力量計測システム

 

結論:

スマート・グリッドの管理は、さまざまな電力量をリアルタイムでモニタするものです。ここでは柔軟性の高いアーキテクチャから柔軟性が低いものまで、様々なものをご紹介しました。それぞれに対応するソリューションが半導体ベンダから提供されています。そのため、設計者はアプリケーションや特定の仕様に合わせて適切なソリューションを選択することができます。

著者について:Petre Minciunescuは、米国のマサチューセッツ州ウィルミントンにあるアナログ・デバイセズ社の電力量計グループのアプリケーション・エンジニアです。ブカレスト(ルーマニア)の科学技術専門学校で電気工学課程を修了し、イタリアのトリノ工科大学から博士号を授与されました。電子メールの宛先は、petre.minciunescu@analog.comです。