エンジニア・スポットライト

「革新」を検出する

人間は、五感をはじめとする感覚によって、自身の身の周りに存在する情報を取得します。その上で、共有が可能なモデルを心の中に構築します。そして、そのモデルを利用することで、自分たちが住む世界を表現します。Sebastien Christianは、この世界を知覚するための一連の方法を理解することに情熱を注いできました。その情熱に導かれ、Christianは、聴覚に問題のある子供たちや精神病性障害を患う人々に向き合う言語聴覚士の職に就きました。また、聴覚に重きを置いたセンサーを利用して意味を形成/共有する方法について理解を深めていきました。その後、量子物理学と神経科学の修士号と、意味論に関する学位を生かし、AI(人工知能)を活用したイノベーションによって感覚障害や認知障害を持つ人々を支援することを目的とする独立系非公開研究開発施設を立ち上げました。2013年には、完全な「機械聴覚」のプロトタイプを構築すると共に、OtoSenseという企業を創設しました。同社で開発したのが、産業界/交通業界における機械の監視を目的とした機械聴覚プラットフォームです。Christianはこのプラットフォームにも「OtoSense」という名前を与えました。2019年4月、アナログ・デバイセズは企業としてのOtoSenseを買収しました。現在、Christianはアナログ・デバイセズの製品開発グループで機械聴覚プラットフォームであるOtoSenseの開発を統括しています。OtoSenseの概要や、それによって解決される課題、もたらされるメリットなどについて、Christianに話を聞きました。

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自身が所有する飛行機を操縦するChristian

 

アナログ・デバイセズではどのような技術を手掛けているのか?

アナログ・デバイセズでは、まず音と振動を対象とするOtoSenseのAIの開発を支援しました。OtoSenseは、センシング結果の解釈に特化したAIに分類することができます。OtoSenseを使えば、エッジにおいてリアルタイムかつオフラインで異常を検出して事象を特定することができます。事象の解釈については、人間とのやりとりやデータを基にしてOtoSenseに学習させることが可能です。リビング・ルームにも無人火星探査車にも搭載できる技術です。

OtoSenseは人に何をもたらすのか?
OtoSenseは、人々の生活のあらゆる側面に改善をもたらします。なかでも、機械の監視に適用することで大きな効果が得られることは既に実証されています。保守担当者の作業を効率化すると共に、壊滅的な故障に瀕している機械の近くにいる作業員のリスクを軽減することができるのです。また、医療分野にもOtoSenseを試験的に導入しています。それにより、良好な結果が得られることが確認できています。例えば、COPD(慢性閉塞性肺疾患)の患者を監視して咳をしていないかどうかをチェックすることが可能です。睡眠時無呼吸の検出、肺音の監視、高齢者の見守りといったことにも応用できます。あるいは、建築物において、緊急事態に対応するためのエリアやカメラが設置できない場所を監視し、建物内にいる人の安全性を確保することにも役立てられます。OtoSenseは、これから登場するであろう数多くのアプリケーションに採用されるはずです。

OtoSenseはどのような技術的課題を解決するのか?
OtoSenseは、技術領域における2つの大きな課題を解決します。1つはエッジにおいて、リアルタイムで解釈を実行できるようにするというものです。この課題の背景には、音や振動を監視すると大量のデータが生成されるという問題があります。1つのセンサーによって、1秒あたり数百キロバイトにも達するデータが生成されるのです。そのため、すべてのセンサーからのすべてのデータをリモートのクラウドに送信し、リアルタイムで正確に分析を実施することが難しくなります。そのような手法ではなく、エッジで継続的に解釈を実行するというのが現実的な選択肢になるということです。エッジでは、センサーによるデータの生成と同じ速度で情報を更新していかなければなりません。

もう1つの課題は、AIによってセンシング結果を解釈できるようにするというものです。センサーからのデータの確認、分析、結果の報告という一連の作業には、優秀な技術者であっても数時間を要します。整備士や技術者は、対象とする機械について、一生をかけて完璧に理解していくということも少なくありません。最高の熟練度に達したところで定年退職を迎えるというのもよくある話です。OtoSenseは、そうした専門家から膨大な数の機械について日々学習することで、自らのレベルを着実に専門家のレベルに近づけていきます。

OtoSenseはお客様の想像を超える存在なのか?
現時点では、すべての機械を適切な状態に維持し続けるための手法は確立されていません。そのため、これまでは、効率が悪く、コストのかかる定期保全や事後保全が選択されてきました。アナログ・デバイセズは、整備士に相当する機能を機械に組み込み、絶えず耳を傾けることでその動作や状態を評価することを可能にします。この技術は、業界の多くの人々の「想像を超える可能性」を具現化したものだと言えるでしょう。

OtoSenseを採用したお客様は、利用し始めてわずか数分のうちにその素晴らしさに気づくはずです。OtoSenseは正常な状態と異常が生じている状態の違いを即座に検出します。そしてリモートのサーバに接続することなく、人間の専門家とリアルタイムでやりとりを行うことで、その事象の正体を突き止めます。

OtoSenseには、アナログ・デバイセズの技術がどう活かされているのか?
センシング結果の解釈は、アナログ・デバイセズが得意とするデータ・センシングを基盤にしています。センシングからデジタル変換までを担うシグナル・チェーンや、デジタル信号処理部において、OtoSenseは競合製品を上回る能力を発揮します。アルゴリズムが優れているだけでなく、シグナル・チェーンから受信する信号の精度と堅牢性が高いからです。

アナログ・デバイセズに在籍する意義とは?
アナログ・デバイスは、アイデアを持つすべての技術者に、試行、提案、推進、実用化の機会を与えてくれます。このような自由な風土には慎重に扱わなければならない側面があります。しかし、それはアナログ・デバイセズのDNAとして創業以来受け継がれ、新たな価値をいくつも生み出してきました。センシング結果の解釈は、莫大なビジネス・チャンスをもたらします。アナログ・デバイセズは、あらゆる業界にわたってその中核的な要素を制御しつつ、チャンスを成果に結びつけることができる唯一無二の企業だと確信しています。

若い技術者に期待することは?
若い技術者と話をするときには、個人として開発成果を上げたいという気持ちよりも、チームの一員としてお客様が期待するエクスペリエンスを提供することを重視してほしいと伝えています。また、若い技術者には、誠実さ、創造性、積極的に問題を解決しようとする姿勢を求めます。

技術者を目指す人へのアドバイスは?
ほど良いレベルの技術者になることを目指すのはやめてください。火が付くのを待っている技術革新はいくらでも存在します。また、世界は技術革新によって変化していきます。ぜひ、その進化の先陣を切ってください。

プライベートでは何に情熱を注いでいるのか?
船舶や飛行機の操縦を楽しんでいます。どちらも、数多くの電子システムを連動させることで流体中を移動します。

Sebastien Christian
AI Engineering Director