MEMS加速度センサー 採用事例

IMV株式会社

IoT用途に最適な超低価格の振動ピックアップを開発
高周波に対応したMEMS加速度センサーの採用で実現

 

シリコン基板の上に非常に微小な機械的な構造物を作り込むMEMS技術。この技術で製造した加速度センサー「ADXL50」を、アナログ・デバイセズが業界に先駆けて製品化したのは1993年のことです。

自動車のエアバッグ・システムなどに採用され、「MEMS加速度センサー」という新しい分野が確立されました。その後も、性能や機能が異なる製品を市場に投入。これによって用途は、家庭用ゲーム機やプロジェクター、デジタル・カメラ、スマートフォンなどに広がり、いまや多種多様な電子機器に搭載されています。

 

今回、MEMS加速度センサーの採用事例としてご紹介するのは、自動車や産業機械、建物などの振動を測定する「振動ピックアップ」です。

開発したのは、振動関連機器メーカーのIMV。

従来のMEMS加速度センサーでは、対応可能な周波数が低いという課題があったため、振動ピックアップへの適用は困難でした。

 

そうした中、アナログ・デバイセズによって高周波成分まで測定できるMEMSセンサーが開発されたため、それを採用することでIMVは課題の解決に成功しました。

いかに解決したのか。

IMV株式会社 MES事業本部 計測事業部 開発課/企画開発係で係長・技術研究員を務める川平孝雄氏に、アナログ・デバイセズのMEMS加速度センサーを採用した理由や、開発時の課題などについて伺いました。

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川平 孝雄 氏

 

自動車や産業機器の振動解析に欠かせない振動ピックアップ

 

-振動ピックアップとは、どのような製品でしょうか?

振動ピックアップとは、「振動を検出するセンサー」です。これを自動車や産業機械などに載せると、振動を検出して電気信号として出力します(図1)。出力信号を解析すれば、振動の周波数や振幅、パターンなどを求められます。

 

図1:振動測定の様子
加振器を使って被測定物に振動を与えて、被測定物の振動の様子を測定

 

-対象となる振動には、どのようなものがありますか?

振動計測の対象は、大きく2つの分野があります(図2)。1つは、環境振動です。代表的なものは地震です。さらに、建物や乗物、人体などの振動も測定対象に含まれています。もう1つは、機械振動です。発電所や工場設備、動力源(モーターやエンジン)などが測定対象です。例えば、自動車であれば、路面の凸凹による振動を再現して、乗員や荷物がどのような影響を受けるかを測定します。

 

図2:振動計測の対象

 

 

従来のMEMS加速度センサーでは高周波振動に対応できず

-従来の振動ピックアップにはMEMS加速度センサーを適用できなかったとのことですが、その理由を説明してください。

振動ピックアップを使って機械設備を診断する「状態監視システム(CMS)」は、その対象によって測定する振動周波数が違います。例えば、アンバランスやミスアライメントなどを測定するケースであれば、測定対象となる振動周波数は最大で1kHzです。歯車の異常や装置の共振などを測定するケースは、1kHz〜8kHz程度が必要になります。軸受の異常などを測定するケースは、7kHz〜数十kHzと高い振動周波数を測定しなければなりません。ところが、MEMS加速度センサーは従来から実用化されていましたが、測定できる振動周波数が最大でも1kHzと低かったのです。

-しかし従来から1kHz以上を測定できる振動ピックアップが販売されています。こうした従来品には、どのようなセンサー素子を使っていたのですか?

従来は、ピエゾ(圧電)方式のセンサー素子を使っていました。これは、圧電セラミックスを円盤状に焼結したもの。このピエゾ素子の上に重りを載せて、そこに振動を与えると、重りの振動によってピエゾ素子が圧縮を受けて歪み、微小な電気信号が出力される仕組みです。ピエゾ素子を使えば10kHz程度の振動周波数を測定できます。

-なぜピエゾ素子ではなく、MEMS加速度センサーにこだわるのですか?

測定性能という観点だけで見れば、ピエゾ素子でも問題もありません。しかし、ピエゾ素子は価格が高いという問題を抱えています。ピエゾ素子の製造は、手作りに近い工程が含まれていますので完全に自動化ができません。人件費が安い地域に製造を移転させたりするのですが、大量生産をすることが難しく、このため、低価格化があまり進んでいません。しかも焼結体であるため取り扱いが難しく、それも価格削減を阻む一因となっていました。現在、ピエゾ素子を採用した振動ピックアップは、高いものであれば20万円近いです。もちろん、自動車や航空宇宙機器などの研究開発用途であれば、この価格でも受け入れてもらえるでしょうが、それ以外の用途では難しい。振動ピックアップ市場を拡大させる際の障害となっていました。

 

高周波対応のMEMS加速度センサーが実用化される

-アナログ・デバイセズのMEMS加速度センサーを採用した理由は何ですか?

実は、アナログ・デバイセズとは以前から関係がありました。2013年7月に米アナログ・デバイセズ社の製品担当者と打ち合わせを持ち、振動ピックアップという用途から見たときのMEMS加速度センサーが抱える課題を指摘させていただきました。 その後、2016年11月に製品担当者が再来日し、当社が指摘した課題を解決した高周波対応のMEMS加速度センサーADXL100Xシリーズを紹介してもらい、それが2017年5月に「ADXL1001/1002」としてプレスリリースが発表されました(図3)。こうした流れから、採用を決めました。

 

図3:高周波振動計測に対応したMEMS加速度センサー
アナログ・デバイセズの「ADXL1001/1002」。1軸測定に対応。
100g/50g(gは重力加速度)を11kHzまで測定できる。

 

 

-ADXL1001/1002の当初の評価は、どのようなものだったのでしょうか?

「MEMS加速度センサーの素子としては完璧」というのが最初の印象です。周波数の応答範囲はDC〜11kHzまで伸びており、ピエゾ素子とほぼ同等の振動周波数をカバーできるからです。しかもノイズに関する特性も良好だったので、振動ピックアップには最適だと判断しました。

 

-ADXL1001とADXL1002は、加速度の測定範囲とノイズ密度が異なります。どちらを採用したのですか?

今回はADXL1002を採用しました。ADXL1002の加速度の測定範囲(フルスケール・レンジ)は±50gで、ノイズ密度は25μg/√Hzです(gは重力加速度)。ちなみに、ADXL1001については、加速度の測定範囲が±100gで、ノイズ密度は30μg/√Hzとなります。適用する振動ピックアップの仕様に合わせて、ADXL1002の採用を決めました。

 

-こうした高性能のMEMS加速度センサーは、アナログ・デバイセズ以外のメーカーから製品化されていないのでしょうか?

現時点では、これだけ超低ノイズで高い周波数まで測定できるMEMS加速度センサーを市場に投入しているのは、アナログ・デバイセズだけです。しかもピエゾ素子と比べると、価格はかなり低い。これだけのMEMS加速度センサーは、ほかにはありません。アナログ・デバイセズの担当者からは、同社が持つアナログ回路設計技術と、30年を超えるMEMS設計/製造技術を組み合わせることで実現できたと聞いています。

 

「雑振動」という難題を解決

-2017年5月のプレスリリース発表以降は、どのように開発作業が進んだのでしょうか?

アナログ・デバイセズからADXL1002を載せたデモボードの提供を受けたのは、2018年10月です。これによって、MEMS加速度センサー採用の振動ピックアップの開発がスタートしました。

 

-デモボードとはどのようなものですか?

ADXL1002のほかに、それを動作させるために必要な電子部品をプリント基板に実装した評価用ボードのことです。これを提供してもらったすぐ後に、振動ピックアップの筐体に収めて、周波数特性(計測した振動と印加した振動の比)を測定してみました(図4)。すると、「雑振動」の発生が確認できました(図5)。雑振動とは、振動現象における雑音のことです。

 

図4:デモボードを実装した実験システム
アナログ・デバイセズから提供されたデモボードを
振動ピックアップに取り付けて実験を行った。

 

図5:開発当初に測定した周波数特性
5kHz近辺に雑振動が発生していた。

 

-雑振動があると、どのような問題が発生するのですか?

理想的な状態は、計測した振動と印加した振動の比が1であることです。印加した振動を、何の影響も与えずに、そのまま測定していることを意味します。しかし雑振動があると、機械の振動を測定しているつもりが、実はセンサーの特性を見ていることになってしまいます。これでは正確に測定できません。

 

-どのように対処したのですか?

雑振動の抑制に取り組みました。そもそもADXL1002の特性は、前述のように完璧です。原因は、プリント基板の共振現象にありました。そこで当社の振動測定技術と雑振動の抑制技術を組み合わせて、雑振動を完全に抑え込みました。この結果、計測した振動と印加した振動の比を、8kHzまでほぼ「1」にすることが可能になりました(図6)。完成した振動ピックアップの型式は「VP-8021A」で、外形寸法はピエゾ素子の採用品よりも一回り小さい直径17mm×長さ30mmです(図7、図8)。

 

図6:対策後の周波数特性
基板の共振などに対して対策を打った後の周波数特性である。
計測振動と印加振動の比は8kHzまで1が得られている。

 

図7:「VA-8021A」の外観

 


 
  性能
 共振周波数  18kHz <
 振動周波数範囲  10Hz ~ 8kHz( ±1dB )
 8kHz~10kHz ( ±3dB )
※本仕様は開発中のため、予告なく変更される可能性があります。
 感度  3.85mV/(m/s^2)
 加速度範囲  > 5000m/s^2
 使用温度範囲  - 30~120℃
 サイズ  Φ17mm × 30mm
 入出力  IEPE ( ICP )
図8:VA-8021Aの製品スペック

 

振動計測もIoTへの展開が可能に

-価格はどの程度に抑えられそうですか?

現時点では、ピエゾ素子を使う振動ピックアップの1/10程度に低減できると見ています。将来的には、1万円を切ることも可能でしょう。

 

-振動ピックアップの低価格化によって、どのような用途や市場を開拓できると考えていますか?

IoT市場を開拓できると考えています。5G(第5世代移動通信システム)が普及すれば、多点計測が可能になるかもしれません。すでに温度と湿度の計測については、かなり普及が進んでいます。温度センサーと湿度センサーは、小型でかつ低価格だからです。しかも、多くのデータを取得できるため、その測定結果を人工知能(AI)に入力することで、より高度な解析が可能になるというメリットも得られます。

一方振動計測はこれまで、IoT市場に対応できませんでした。測定精度が高い製品は価格が高く、価格が安い製品は精度が低かったからです。このため従来は、測定精度も価格も高い振動ピックアップを、工場内の一部の重要な機械だけにしか取り付けることができませんでした。これでは取得できる情報量が少ない。AIに入力しても、効果的な解析は期待できません。

 

-今回の振動ピックアップが普及し始めれば、市場はどのように変化しますか?

今回開発した振動ピックアップを採用すれば、価格を大幅に削減できると同時に測定精度も高められます。この結果、温度センサーや湿度センサーと同じようにさまざまな機器や場所に取り付けられるようになるでしょう。普及が進めば、大量のデータを取得できるようになるため、AIを使って効果的に解析できるようになるはずです。

 

-今後の開発目標について教えてください。

アナログ・デバイセズのMEMS加速度センサーを採用し、振動ピックアップのさらなる高周波化を目指す考えです。次なる目標は、10kHzまでフラットな特性を実現すること。この目標を達成できれば、さらなる用途拡大が期待できます。

 

-本日はまことにありがとうございました。

 

 

IMV株式会社について

1957年の設立以来、振動を中心とした環境試験・計測・解析の分野で事業を展開。
MES事業部において、目には見えない振動の計測、コアとなるセンサーから独自開発することで、地震・機械振動・人体振動など多彩なアプリケーションに対応した計測・解析システムを提供。

目的に合わせ振動計測装置・振動監視装置をはじめ、地震監視装置やデータ収集解析システムなど幅広いラインナップでお客様の計測・解析業務を支援している。

 

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2019年7月17日 掲載