MEMS 加速度センサーの振動整流

高性能 MEMS 加速度センサーは、慣性計測方式を採用する広範なアプリケーションに対し、ロー・コストのソリューションを提供します。例として、航法および AHRS システム、装置状態検出用振動モニタリング、社会インフラの構造物モニタリング、およびプラットフォームの安定化、垂直掘削時の傾斜モニタリング、土木作業用グレーダーや観測機器の水平化、クレーン安定システムでのブーム角度計測に使用する高精度傾斜計などが挙げられます。これらの例のほとんどでは、加速度センサーをさまざまな振幅の振動に対応させています。これらのアプリケーションにおけるもう 1 つの変動要素は、振動の周波数成分です。振動とセンサーの組み合わせやシステムの誤差源によって、振動整流が発生する可能性がありますが、これは高性能加速度センサーにとって重要な仕様です。本稿では、MEMS 加速度センサーで振動整流がどのように発生するのかを説明し、このパラメータを測定するためのさまざまな手法について解説します。ケース・スタディとして、低ノイズ低消費電力の加速度センサー ADXL355 の振動整流を取り上げます。他の多くの機能に加え、低い振動整流誤差により、このデバイスは先に述べた高精度アプリケーションにとって理想的な存在となっています。

振動整流の発生源

振動整流誤差(Vibration Rectification Error: VRE)は、AC 振動に対する加速度センサーの応答が DC に整流される現象で、加速度センサーのオフセットの異常なシフトとして観測されます。これは、傾斜計など、加速度センサーの DC 出力がそのまま測定対象となるようなアプリケーションでは、深刻な誤差要因となります。また、オフセット変動が傾きの変動と誤って解釈され、安全システムの誤作動や、プラットフォーム安定機能や掘削機アライメントにおける過補正などを招くおそれがあります。

VRE は、加速度センサーに加わる振動プロファイルに大きく依存し、アプリケーションによっても異なります。これは、加速度センサーに印加される振動パターンが異なるためです。振動整流はさまざまなメカニズムを介して発生する可能性がありますが、ここでは以下の 2 つについて検討します。

非対称レール

第 1 のメカニズムは非対称レールです。重力により、静的な 1 g(9.8 m/s2)の加速度場が発生していますが、このため、センサーの感度軸が鉛直方向にある場合、加速度センサーの測定レンジにオフセットが生じることがあります。重力加速度に方向を合わせた場合、フルスケール・レンジ 2 g のセンサーでクリッピングなしで測定できるのは、ピーク値 1 g の振動までです。1 g を超える上下対称の振動が加わった場合は、重力による 1 g の加速度が加わる方向でクリップが発生するため、出力の平均値はゼロにはならなくなります。

図 1 に、2 g フルスケールのセンサーに印加された振動信号のシミュレーションを示します。振動の実効値が 0.3 g(300 ~ 600サンプル)の場合、オフセットに識別できるほどのシフトは生じません。しかし、振動の実効値が 1 g(600 ~ 1000 サンプル)の場合は、約 –100 mg の VRE が生じます。

図 1. フルスケール・レンジ ±2 g の加速度センサーの
非対称クリッピングによる振動整流。

VRE は、加速度センサーのフルスケール・レンジによって制限された切断分布の平均シフトとしてモデル化できます。1 g の重力場でセンサーにランダム振動が加わる場合、入力信号はμ = 1 g の平均値と σ = X の標準偏差を持つ正規分布としてモデル化できます。ここで、X は入力振動振幅の実効値を表します。センサーの出力は、両側を切断した正規分布としてモデル化されますが、ここで、出力値は –R と +R によって制限されます(R はセンサーの最大レンジ)。この両側切断正規分布は、次式で表されます。

Equation 1

ここで、 Equation 2 は確率密度関数、 Equation 3 はその累積分布関数です。 α と β は、 Equation 4 および Equation 5として定義されます。以上から、VRE は次式で得られます。

Equation 6

スケール・ファクタの非直線性

非直線性とは、動作範囲内における加速度センサー出力のベスト・ストレート・ライン近似からの偏差のことです。多くの場合、この偏差はフルスケール出力のパーセンテージとして表されます。以下に示すように、加速度センサーの非直線性は VRE に影響を与える可能性があります。

加速度センサーの非直線性を記述する一般的なモデルは、n 次多項式を用いたモデルです。出力 ao (LSB)は、以下のように、入力 ai (g)の関数として表すことができます。

Equation 7

ここで、

K0: オフセット (LSBs)

K1: スケール・ファクタ (LSB/g)

Kn: 非直線性の n 次係数、n = 2,3, … (LSB/gn)

単純な正弦波の加速度が入力されているケースを考えます。

Equation 8

この入力の時間平均値はゼロです。したがって、加速度センサーの出力は次のように表されます。

Equation 9

時間平均出力は、上式の右辺の全項の時間平均値の和に等しくなります。奇数次の項の平均はゼロになります。偶数次の項の時間平均値equation10Equation 11 を代入すると、出力の時間平均値は次のようになります。

Equation 12

ここで、Grms は入力加速度の実効値です。上の式は、振動が正弦波の場合、2 次非線形性が DC オフセットのシフト(= K2Grms2)となって現れてくることを示しています。 Equation 13 の項は、振動整流係数(Vibration Rectification Coefficient: VRC)を表し、μg/g2-rms を単位として表されます。

振動整流の振幅と周波数への依存性

振動振幅が小さい場合、VRE はセンサーの非直線性によって決まり、次のように VRC で表すことができます。VRE = VRC ×vib2rms。しかし、振動振幅がフルスケール・レンジより大きいと、前のセクションに示したように、VRE は非対称クリッピングに支配されるようになります。また、同じく前に述べたように、加速度センサー出力のオフセットがゼロでない場合も、非対称クリッピングに影響します。工業用アプリケーション向けに設計されたほとんどの MEMS 加速度センサーには、フェイルセーフ回路が組み込まれており、大きな振動が印加された場合に、センサー・バイアス回路をシャットダウンすることによって検出素子を損傷から保護します。振動振幅が大きい場合は、この機能によりオフセットにさらに変則的なシフトが生じて、VRE が大きくなる可能性があります。

デバイスにはさまざまな共振器やフィルタがあるために、多くの場合、VRE は周波数に大きく依存します。発振器の応答が 2 極であることから、MEMS センサーの共振は、センサーの共振周波数において共振の Q 値と同じ係数値だけ振動を増幅させ、それより高い周波数では振動を減衰させます。高い Q 値で共振するセンサーは振動の増幅が大きくなるため、VRE も大きくなります。測定帯域幅が広い場合も、高周波数の帯域内振動が積分されるため、VRE は大きくなります。シグナル・プロセシング回路内に実装されたアナログとデジタルの各フィルタによって、出力の帯域外振動と高調波は抑制できますが、偶数次非直線性によって振動入力が DC に整流されるため、VREにはさほど影響しません。

振動整流の測定

加速度センサーがフィールドに展開されてしまうと、VRE をリアルタイムでは補正することができません。振動によるオフセットの小さい DC シフトを許容できるようなアプリケーションでは、VRE を測定して加速度センサー出力の誤差を予想し、その VRE が許容範囲内であるかどうかを判断することができます。振動測定においては振動台とテスト治具を水平に保つことが重要であり、振動台の交差軸振動、オフセット、および構造的共振から生じる誤差をなくすために、高精度の振動台を使う必要があります。これとは別に、治具の共振周波数が加速度センサーの帯域幅および振動プロファイル帯域から十分離れるよう、テスト冶具には適切な剛性を持たせて設計する必要があります。最適な治具設計をするには、その最小共振周波数を、最大振動周波数より約 50 % 高くする必要があります。

正弦波振動プロファイル

正弦波振動法は、最も一般的に使われ、また既存の各種文献の中でも解説されているもので、IEEE 規格 1293-1998 で規定されています。一般に、加速度センサーに正弦波振動を加えて、オフセット・シフトと実効値振動振幅(vibrms)を測定するという手順をとります。VRC は、このデータに対する最小二乗フィットによって予想できます。

Equation 14

この方法を用いれば、振幅をうまく制御して加速度センサー出力がクリップしないようにすることができるので、VRC を正確に測定できます。このテストは、デバイスの共振が VRE に及ぼす影響を見極め定量化する場合にも有効です。ただし、この方法では 1 回でテストできる周波数は 1 つだけなので、センサーの性能を正しく把握するためには、加速度センサーの帯域幅内のいくつかの周波数を別々にテストする必要があります。

ランダム振動プロファイル

VRE は、ランダム振動プロファイルを使用して測定することもできます。実際の振動は、正弦波のように周期的でもなく、また予測可能でないのが通常なので、大半のアプリケーションにおける加速度センサーの性能は、この方法で知ることができます。この方法は、広い周波数範囲における広帯域励起に対してオフセットのシフトを定量化することで、すべての励起周波数を包含することと、すべてのデバイスの共振を励起することを同時に実現する場合に、さらに有用なものとなります。ただし、ピーク to ピーク振動振幅には対応しておらず、得られる VREは全周波数範囲での平均値です。

図 2 に、切断平均モデルと、±2 g レンジに設定した ADXL355 Z 軸センサーの実測 VRE の比較を示します。この測定では、Z 軸を重力方向(1 g 重力場)に合わせ、Unholtz-Dickie シェーカーを使ってランダム振動プロファイル(周波数帯 50 Hz ~ 2 kHz)を加えます。振動振幅は基準加速度センサー(PCB Piezotronics 社のモデル 352C23)を使って測定し、オフセット・シフトは、振動振幅がフルスケール・レンジを超えている間に測定します。切断平均モデル(2.5 g に合わせて切断)は、測定値と良好な一致を示しています。切断範囲内では、機械的なセンサー・オーバーヘッドと出力帯域幅の制約のために、プログラムされたフルスケール・レンジからの偏差が予想されます(測定データ内での加速度センサー帯域幅は 1 kHzですが、モデルでは帯域幅は考慮されていません)。振動レベルが 8 g に達すると、±2 g 範囲のオーバーレンジ保護回路が作動します。ガウス分布振動のクレスト・ファクタは約 3 なので、2.5 g rms を超えると測定性能がモデルから大きくずれ始めます。

図 2. 切断平均フィットと ADXL 355 の測定振動整流の比較

VRE に影響するその他の要素

MEMS センサーの共振は、加速度センサーの振動整流に影響します。Q 値が大きいと、センサー共振付近の周波数において振動信号が増幅される結果となり、発生する VRE も大きくなります。これは、ADXL355(±8 g レンジ、1 kHz 帯域幅)の X 軸および Y 軸センサーの VRE 性能と Z 軸センサーの VRE 性能の比較に表れており、図 3 の 3 g rms 付近で VRE が最も大きくなっていますが、これは Z 軸センサーと比較して X 軸センサーと Y 軸センサーの Q 値が大きいためです。

図 3. 2 つの DUT( ADXL355) における Q 値が大きいセンサー(X、Y 軸)と小さいセンサー(Z 軸)における VRE の比較。

加速度センサーに関して必要以上に広い帯域幅を使用すると、より高い周波数成分を平均化することにつながるので、この場合も VRE に悪影響を与えます。これは図 4 を見れば明らかです。この図では、2 つの異なる帯域幅設定で、ADXL355DUT(±2 g レンジ)の Y 軸センサーの VRE を比較しています。125 Hz の帯域幅設定では、1 kHz の帯域幅設定と比較して、かなり VRE が小さくなっています。

図 4. 2 つの異なる帯域幅設定(125 Hz と 1 kHz)で測定した
1 g 重力場における ADXL355(±2 g レンジ)の Y 軸 VRE

まとめ

振動に関連する多くの問題は、加速度センサーの帯域幅を適切に選択し、高周波振動をなくすことによって回避できます。パッケージや取り付けによる共振といったアセンブリ時に考慮すべき点も、共振時の振動結合を増幅することで VRE に影響を及ぼします。パッケージの剛性を確保することは、パッケージや取り付け部の共振位置を加速度センサーの帯域幅の外に設定することになり、良好な振動整流性能を実現する鍵となります。

結論として、振動整流誤差(VRE)は MEMS 加速度センサーにとって重要な仕様であり、VRE の主な発生源とその測定手法は上記に述べたとおりです。振動の多い環境における DC 測定用 MEMS加速度センサーのデザイン・インに際しては、この影響を念頭に置く必要があります。ADXL355 は小さいフォーム・ファクタで、優れた振動整流仕様と長期的再現性、そして低ノイズ性能を実現します。

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Long Pham

Long Pham は、アナログ・デバイセズの高性能慣性センサー部門の製品エンジニアです。2015 年ウースター工科大学(Worcester Polytechnic Institute)にて電気工学とコンピュータ工学の修士号を取得し、学位論文は、ルックアップ・テーブルをベースにした VCO ベース ADC のバックグラウンド・キャリブレーション手法についてでした。

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Anthony DeSimone

アナログ・デバイセズの自動化、エネルギー、およびセンサー部門のアプリケーション・エンジニアとして、主に慣性センサーに関する業務を担当。ミックスド・シグナルのハードウェア設計やソフトウェア開発の経験も有し、 タフツ大学で MSEE を取得しています。