TNJ-032
ejωt」を考えるなかで出会うイメージ除去ミキサや超高速ADC

前編:数学的/回路理論的な側面で考える

2017年10月2日公開

はじめに

この技術ノート・シリーズは、自分の興味ある技術分野を自分のことばで表現できる記事なので、「こんなものを書いてほしい」という要望の制約なしに、伸び伸びと、自分の興味を探求しつつ書き上げることができるものです。

今回もそんな感じで、分かっている人には「アタリマエ」、分からない人には「一体なに?」という、不思議な「ejωt」について解きほどいて、考えてみたいと思います。

といってもです。「アタリマエ」として使っている/思われているとしても、「一体 ejωt は現実世界ではどのように考えればいいのか」と、数回「なぜなぜ」を繰り返せば、どこかで答えられなくなるのではないでしょうか。

そういう私も「なぜなぜ」を繰り返されていくなかで、いつかは答えられない状況に陥ってしまいます。学術分野の方に「コイツ、わかってねーな」と見透かされるのでは、とビクビクしつつ(笑)、この技術ノートであらためて「ejωt」を探求してみたいと思います。

 

それは禅問答「本質は何か」

それは2002 年の春でした。「弐足の草鞋(にそくのわらじ)」状態から開放となれそうになった、その2002 年の春に、ある方から禅問答をいただきました。

「『ejωt』とは何か」

「禅問答」としてしまうと、その方には失礼なのかもしれません。 何かしら本質があるはずでした。

「オイラーの公式で正弦と余弦とつながるものですか」
「解析関数ということですか」
「そういう話ではない」

その禅問答は数週間に亘りましたが、結局その答えが見つけられず、答えを教えてもらうことができず、春光うららかなる日に草鞋(わらじ)の壱足、履きなれない青い壱足を脱ぎ、もともとのくたびれた草鞋で野を歩む日々に戻ったのでした。

 

映画「博士の愛した数式」

それは2006 年の春だったかと思います。某校のO先生にお会いするため、博多に宿泊していました。打ち合わせは翌日でした。 その日の早い便で到着し、一人かつ時間もありました。キャナルシティ博多で「博士の愛した数式」という映画が上映されていたので、夕方にふらりと入館してみました。

理系人らしく(?)「どんな数学的な話しが展開されるのか」という興味(汗)で、心暖まるストーリーに興味を覚えたものではありませんでした(笑)。とはいえ、その心暖まる美しい ストーリーには感動しました…。そこで、

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図1. 極座標上で表したe

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図2. 吉田武; オイラーの贈物 ― e = −1を学ぶ (文庫本バージョン。参考文献 [1])

という、銀幕に現れた数式は、今でも目に焼きついています。これもさきの禅問答と同じく、映画の中ではその意味はあきらかにされていません。

当然ながらこの式(1)は正しく、図1のように極座標でこの「e」の部分を表してみると、中心から実数軸(通常は横軸でX軸)のマイナス1を指すこととなり、

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から式(1)はゼロとなるわけです。

映画のストーリーからこの式の意味を考えてみると、「博士」(寺尾聰)と家政婦の「杏子」(深津絵里)が、それぞれ第1項の「e」、第2項の「1」であり、ふたりは一緒(+)になれない(= 0)というメッセージなのかなと思いました。

こんな本も買ってみた

もともとのくたびれた草鞋だけで野を歩む日々に戻ったあとも、禅問答の答えを探していました。結局いまとなってもその答えは分かりません。そんな日々の中で、図2のような本(吉田武; オイラーの贈物 ― e=−1を学ぶ。参考文献[1])を買ってみました。

しかしその日々は、野を「歩める」余裕もなく、くたびれた草鞋で「走り回る日々」が実際のところであり、今に及んでもこの本は読まれることもなく「本棚の肥やし(文庫本で軽いのですが…)」となっています(汗)。

 

電気信号はベクトルの極座標表現で表すことが多い

通常、交流電気信号は以下のように表されます。

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ここで𝐴は信号の振幅ピーク値、𝑓は信号の周波数、𝑡は時間です。またこれを

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として「角周波数(単位はradian/sec)」にして

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のように表すことも多いですね。さらにこれを「ベクトルの極座標(複素数)表現」で

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として表すことも多いです。これを「複素信号」と呼んだりします。ここで𝑗𝜔𝑡がべき(べき指数)となりますが、普通のフォントサイズで表すと

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このように、べき指数の部分が小さい文字になってしまい、判読が難しくなります。そこで書籍などでは、この表現の代わりに

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として「exp」で表すことも多いです。

 

周波数ミキサによる周波数変換では

とある日、とあるところで、とある人に聞かれました。

「ミキサは周波数変換をして、引き算の成分と足し算の成分ができますよね(図3)」「ミキサは数学的には掛け算ですよね。たとえばふたつの周波数を

𝑓1,𝑓2とすると

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から積和公式で

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となり、たとえば𝐴=𝐵=1とすれば、ミキサで周波数変換をした答えは図4のように、𝑓1,𝑓2の引き算の周波数と足し算の周波数に、大きさ1/2、つまり元々の信号から-6dBとなったスペクトルが現れますよね」。

たしかにこれは、曇りなく/曖昧さなく、式と実動作が一致します。質問はつづきます。

 

極座標表現ではミキサ動作でのスペクトルが得られないぞ

「それではふたつの入力信号を極座標表現で、複素信号として表してみると

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ですね」。「この複素信号を同じミキサに加えてみると、𝑒𝑎∙𝑒𝑏=𝑒(𝑎+𝑏)ですから、

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となり、足し算の周波数成分しか現れないではないですか!」「そうすると、図5のようなスペクトルになるわけですよね。実際の回路動作と同じじゃないですね。これはなぜでしょうか?」

一般的に回路理論では、cosで表されるものと、exp(𝑗𝑧)(𝑒𝑗𝑧)で表されるものは同じだと説明しています。この違いなぜでしょうか。

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図3. 周波数ミキサの動作は乗算

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図4. 二つのコサイン波𝑓1, 𝑓2を周波数ミキサに加えたとき 得られるスペクトル

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図5. 二つの複素信号exp(𝑗2𝜋𝑓1𝑡) ,exp(𝑗2𝜋𝑓2𝑡) を周波数 ミキサに加えたとき得られるスペクトル

 

複素数表現は本来の信号波形が表されていない

実は式(6)や式(10)で表される複素数表現は、本来の信号自体を現していないのです。高校のころ数学の授業でやったように、

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なわけで、決して

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ではないのですね…。「複素信号」と別名で呼ばれるとおりなのです。でも、なぜ同じように取り扱ってしまっているのでしょうか。

 

コサインは複素数表現ではプラスの周波数とマイナスの周波数がある

以降は周波数𝑓を角周波数𝜔(𝜔=2𝜋𝑓)で表記していきます。

複素数表現で現実の信号(学術的な点を含むと余弦波、つまりコサインで表されることが多いので、コサインで表しますが)は、ここまでの議論のとおり

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になります。この複素数表現を用いて、横軸を角周波数𝜔として、現実のコサイン信号〔cos(ω0t)〕を図示してみると、図6のようにプラスの周波数+ω0と、マイナスの周波数−ω0に周波数スペクトルが存在することになるわけです。なおこの「マイナスの周波数」については後半であらためて考えてみたいと思います。

ここで「このそれぞれのスペクトルの成分、exp(0t)と、exp(−0t)とは何者か?」という話しになるわけです。

これまでの自分の知見から、このexp(0t)ついての理解は、「数式での検討に適当な関数である」というものです。このあたりを追求されると、それこそ「わかってねーな」という話しになりそうですが(汗)。また出典は記憶にありませんが、アインシュタインの相対性理論も、数学の一理論体系である「リーマン幾何学」を(この体系名も正しいか記憶がなく…)中庸な難易度レベルで適応させたもの、という話しがあります。「その適応が難解ゆえ理解が困難」とされる相対性理論でさえ「中庸」ですから、際限ない、底なしともいえる数学の深淵を示す一例ともいえるでしょう。このexp(0t)の「数式での検討に適当な関数」という理解も、広く深い碧い水に満たされた、数学という底なし淵では、「水面下数メートル」というレベルなのかもしれません(要は私の言い訳かも)。

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図6. cos(ω0t)はプラスとマイナスの周波数にスペクトルがある

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図7. exp(0t)はプラスの周波数にしかスペクトルがない

「本棚の肥やし」となった参考文献 [1]も、本技術ノートを執筆するなかで、あらためてぱらぱらっとめくってみると、オイラーの公式を説明する本質的な部分は残念ながら数ページしかありません…。

さて、それではexp(0t)をスペクトルとして表してみます。 図6から分かることではありますが、これを図7として改めて表してみると、exp(0t)はプラスの周波数のみに存在するスペクトルになります。

このような信号は現実世界に存在するのでしょうか?「exp(0t)を時間波形で表すと、どのように描けますか?」と質問されるとどのように答えるでしょうか。これは「虚数単位(𝑗=√−1)とは何ですか?それを日常生活での絵として描いてみると、どのように描けますか?」という質問とほぼ同義かもしれません。

考えてみれば「4次元空間はどのように描けますか?」という質問とも、ほぼ同義かもしれません。

結局は「exp(0t)なんてものは現実世界では存在しない」というのが、ここの答えではないかと思っています。

 

ここでオイラーの公式が出てくる

オイラーの公式

ここで「オイラーの公式」が出てきます。これはよく知られているように、

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これにより直感的に図8のように、横軸を実数軸、縦軸を虚数軸(𝑗=√−1)で表した直交座標平面としてこの式の右辺を、さらにその上に極座標平面を重ねたかたちでこの式の左辺を表すことができます。

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図8. exp(0t)はオイラーの公式から直交平面上に重ねあわされた極座標平面として図示できる

 

極座標上を回転するかたちで表現できる

さらに左辺の「ω0t」の部分は、図8の極座標上での「偏角」として表され、𝜃=ω0tとすれば、図中の右手方向を角度ゼロとして、そこから反時計方向に時間𝑡で回転するモノ(波形?)として考えることができます。さきに「以降は角周波数𝜔(𝜔=2𝜋𝑓)で表記」と示しましたが、極座標上を反時計方向に回転していく「角速度ω0」(単位は[radian/sec])が、「角周波数ω0」(これも単位は[radian/sec])になるわけです。

 

回転成分は無視して位相のみで表すのが電気回路理論

波形としては時間𝑡の関数ですから、式(14)は角速度/角周波数ω0で極座標上を回転していきますが、この波形の位相を𝜑(単位は[radian])として、

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のように表すことができます。「𝜑」という記号は何でもいいのですが、ここではこれを使ってみました。回転という視点からすれば、位相𝜑というのは「回転のスタート位置」として考えることができます。

通常の電気回路理論の計算(次にその話題も考えてみますが)では、回転する成分であるω0tの部分は考えずに「波形間の相対的な成分」として、位相𝜑のみで「偏角」としてexp(𝑗𝜑)で表します。

これが図1に相当するわけですね。

しかしそれこそ、いまでこそ、「アタリマエ」として使われているオイラーの公式

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ですが、自然対数の底である

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で表されるネイピア数〔これは𝑒=2.71828で「鮒、ひと鉢、ふた鉢(フナ・ヒトハチ・フタハチ)」として、鮒が金魚鉢に入っているようすで数字を覚えられます…〕、と虚数単位𝑗、それになんだかの実数(ここでは位相になる)𝜑、これらをべき指数にしたものが、なんで図8のように表せるかなんて、時空を超えた4次元空間的発想だとしかいえません。 つまり「アタリマエ」ではないのですよね…。ましてや「𝜑=𝜋で、イコール-1」ですよ…。

 

ではどのように時間波形の絵として描けますか?

とはいえ、このように考えていくことで、オイラーの公式は多岐の分野への応用が広がっています。

それでも、先の「どのように描けますか?」のとおり、いまだにexp(𝑗ω0t)を、現実世界での時間波形の絵として表すことができません。

exp(0t)は、コサイン波(これは描けるもの)cos(ω0t)と、それと足し算されている「サイン波sin(ω0t)に虚数単位𝑗が掛け合わされたもの」です。𝑗sin(ω0t)も現実世界での時間波形の絵として描くことができません。「𝑗の虚数軸」を表現できないからです。

 

回路理論での複素数表現は本質論としては使っていいものか?

電気回路理論の計算でもexp(0t)やらexp(𝑗𝜑)がよく用いられます。「極座標表現にして、最後に実数部を取ればよい」というのも良く聞く計算方法ではないかと思います。

ここまで説明したように、現実世界の信号波形は位相𝜑も含めて考えると

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ですが、これを電気回路理論では「複素数の極座標表記を用いて」

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と表し(置き換え)、さらに位相の部分のみを

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として取り出して回路計算をしていきます。これを交流回路理論では「フェーザ(Phasor)表示」といいますね。

 

正弦、余弦ではうまく計算できない

たとえば式(18)を電圧として

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で考えます。この電圧をコンデンサに加えると、コンデンサに流れる電流は

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として90度位相が進みます。ところでオームの法則は

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ですが、𝑅を𝑋̇=𝑋cos(−𝜋/2)として(𝑋̇の上にあるドットはベクトル相当の意味)インピーダンス角𝜑 = -90°をもつリアクタンスで表し、これと式(21)、式(22)とを式(23)に代入してみると

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ですが、これは分母がゼロです…。これでは式として成り立ちません!ためしに𝑋̇=𝑋sin(−𝜋/2)を代入してみても、𝑋=−1なので

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これは…うむむ…、ですね(本質論としては、回路の振る舞いを微分方程式として表すべきなのですが)。

 

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図9. exp(𝑗𝜑)は極座標上のベクトル・ローテータとして考える

 

それでは…と、𝑅を

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として(𝑍̇の上にあるドットもベクトル相当の意味)、インピーダンス角𝜑をもつインピーダンスで表し、これと式(21)、式(22)を式(23)に代入してみると、右辺は

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となり、この答えは一体何でしょうか!すくなくとも、−𝐼sin(𝜔0𝑡)ではありませんね。

 

ベクトル・ローテータとして考える

ここで式(24)を

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として、また信号も複素信号とすれば、式(23)以降の展開が、

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のように、まるで何事もなかったかのように、辻褄があうことが分かります。

つまり複素数としてexp(𝑗𝜑)と記述し、これを「ベクトル・ローテータ(ベクトル回転因子。Wikipedia ENでは “The rotation vector”と表記 [2])」として図9のように考えれば、電圧と電流の位相関係を「数式の上」で取り扱うことができるわけですね。

一応説明しておくと、

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ここで𝜃はもともとの角度で、𝜑はここでいうところの「ベクトル・ローテータ」です。𝜑により𝜃であった角度(偏角/位相)が回転するということです。これは高校のときに勉強した、

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とまったく同じ(複素数に拡張した)ものなのですね。

つまりexp(𝑗𝜑)は本来の回路動作を表すものではなく、数式上で便宜上、辻褄を合わせるものとして考えるべきもの、というところに到達することになるわけです。

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図10.答えである極座標上をω0で回転するベクトル(複素数)を現実世界の方向から観測する

つまり回路動作の本質ではないとも捉えることができるかと思います。

少し別の見方とすると、「インピーダンスとはexp(𝑗𝜑)で動いているのか?」というように疑問視すれば、この「辻褄合わせ」という考え方への幾らかの補強になるともいえるでしょう(実際はさきに説明した微分方程式から導くものが本筋でしょう)。

 

回路理論では最後に「答えの実数部をとって」とはいうが…

回路計算では、式(18)を式(20)のように置き換えて、最後に「得られた答えの実数部をとる」として、幾分乱暴なかたちで正弦波信号に相当する答えを得ます。これもアタリマエに行われている回路計算での操作ですが、これをもう少し考えてみましょう。

式(26)から得られる複素数(複素信号)での答えは、図8のように極座標上に表される、その極座標上を角周波数(角速度)ω0で回転するベクトルになります。図10に改めて表記したように、これをX軸つまり実数軸、もっと簡単に言ってしまえば我々が観測できる現実世界の方向から見たものとして、「得られた答えの実数部をとって」という表現で、正弦波信号に相当している答えを得ています。

 

もう少し数式をこねくりましてみると

複素数𝑧の実数部をとるということは、

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の𝑋を得るというものです。𝑧に対して共役複素数

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を用意して、それぞれを足して1/2すれば

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で実数部𝑋が得られます。ℛ(𝑧)は「実数をとる」という操作を表す記号としました。ここで複素数𝑧を複素信号として

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とすれは、この共役複素数は

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図11.共役複素数同士は極座標上を同じ大きさ、角周波数、 位相をもって逆方向に回転するベクトル

となりますが、これらは図10も含めて考えると(あらためて図11に示しますが)、極座標上を反時計方向に回転するベクトルと時計方向に回転するベクトルを「足して1/2」したものだとも考えることができます。

共役複素数を用意するということは、大きさ𝐼、角周波数ω0、位相𝜑がもともとの複素信号と同じで、回転する方向だけが「逆」な「ミラーイメージ(鏡像)」を用意するということです。現実世界の信号波形を得るには、それぞれを「足して1/2」すればいいことになるわけです。

結局これは、式(12)で示した

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そのものなわけです。でも結局は同じような式を「コネクリまわしている」だけなんですけどね(笑)。

 

マイナスの周波数とは回転方向が違うという意味なんだ!

最初のほうで「図6のようにプラスの周波数+&omega0と、マイナスの周波数−&omega0にスペクトルが存在する」と説明しました。一般的な考え方からすれば、「マイナスの周波数?」なんて、それこそ4次元空間のようなイメージがあり、想像ができないところではないでしょうか(そういう私も長らくそうでした)。

しかし、ここまでの議論で考えてみると、「マイナスの周波数」とは「マイナスの角周波数=マイナスの角速度」であり、複素平面上を時計方向に回転するベクトルだと考えることができます。「周波数」というからイメージがつかないだけで、「角周波数=角速度」として考えるとイメージが沸きやすいのではないかと思います。といっても、最初の話しのとおりで「複素信号exp(+0t)やexp(−0t)とは一体ナニモノ?」については、ここまできても答えが出ていないわけなのですが…。

 

重ね合わせの理でもう少しこねくりましてみると

もう少し回路理論に立ち戻った視点として考えてみましょう。図12のストーリーで考えます。ある負荷インピーダンス𝑍̇に対して、式(21)の信号

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が同図「上」のように加わっていることを考えます。この信号はふたつの複素信号に分けられるわけで、式(13)を活用して、

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とすれば、同図「下」のように、このふたつの複素信号源(これは共役複素数になります)

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が直列に接続されたものとしてモデル化できます。

さらにここで良く知られている「重ね合わせの理」を用いてみると、図13のように式(37)、式(38)の複素信号源(共役複素数)が個別に駆動するふたつの回路に分けることができます。

なお重ね合わせの理では、それぞれの回路での計算結果を足し算して本来の回路の挙動を得ます。

このように考えれば、電気回路理論で「現実世界の信号波形を複素数の極座標表記に置き換えて」計算し、計算後に「得られた答えの実数部をとって現実世界の信号波形に戻す」という操作は、式(37)と式(38)の信号源による計算結果を、「重ね合わせの理」として足し算することにより、式(36)の信号源による計算結果と同値なものが得られるのだと考えることができます。

 

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図12.共役複素数同士の複素信号が直列に接続されたモデル

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図13.重ねあわせの理として考え直したモデル (それぞれの応答を足して答えを得る)

 

それではどちらの信号(現実世界の正弦波信号か複素信号)が存在しているのか?

そうすると、またここで禅問答が始まるわけです。「それでは本質論として(現実世界の観測ではなく)、正弦波信号cos(ω0t) か、複素信号exp(0t)の、どちらが存在しているか?」は、「なぜなぜ」を複数回繰り返された結果としては「すいません降参です」になるわけです…。

こんなことを考えていくと、先の「辻褄を合わせるもの」という定義も揺らいできてしまうのでした…(汗)。

 

難しいことを抜かせば+𝒋はプラス90°の位相回転

ここまで説明した難しい話しを完全にすっとばして、電子回路屋として少なくとも知っておくべき、結構重要なポイントをお話ししておきましょう。それは、

「+𝑗はプラス90°の位相回転、−𝑗はマイナス90°の位相回転」

です。これを理解しておくだけで、電気回路理論の計算式の中での式展開を「だいたいのようすとして」追うことができるようになります。

実務とすれば、難しいことを追い求める必要はなく、実動作としての結果が得られればいいわけですから、「𝑗をツールとして」活用すればいいだけなのです。

 

数学問題での「𝒏乗根はどう計算する?」は回路屋にも関連するんだ

数学の問題で「1の𝑛乗根は?なお1以外の答え。」というのを見ることがあります。

「答えは複素数になるのだろうな」と直感的に、また「計算は難しいのだろうな」と思われるかもしれません。こんな感じでしょうか。

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で「任意の𝑛において𝑥は?」という問題です。

電子回路屋という職業の分野では、実はこの考え方を利用して、アナログ・フィルタやデジタル・フィルタが出来ているといっても過言ではありません。実際に良く聞く名前である「バタワース・フィルタ」では、「1の𝑛乗根は?」を計算することで、その素子定数(アナログ・フィルタの場合)や、タップ係数(デジタル・フィルタ)が計算されます。

ということで「数学の問題なんて」ではなくて、「回路屋にも関係するんだ」として、以降の考え方を理解しておくと良いと思います。

 

ここで出てくるオイラーの公式(極座標で)の考え方

参考文献 [1]では、式(39)の解法として、一般的ともいえる数学的方法を用いています(答えにルートが入る)。

しかしこれは、実は難しいことを考える必要はなく、ここまで説明したオイラーの公式、そして極座標の考え方を使えば、簡単に答えを得ることができます。

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と置いてみます。これまで示してきた位相𝜑の記号を用いています。まあ何でもいいのですが…。そうすれば、

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になります。最初の図1で示した話しとかなり近くなります。これをあらためて図14として示してみます。

ここで位相𝜑を𝑛倍した位相量が、図14中の右手方向(角度ゼロ)となればいいわけですから、

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となればいいのです。ここで𝑘は任意の整数ですが、𝑘が整数であれば2𝜋𝑘=0(右手方向/角度ゼロ)です。これにより

  1. 𝑘=0なら、任意の𝑛で式(42)が成立するには𝜑=0、これは0°= [(2𝜋/𝑛)×0]°つまり式(39)の解は𝑥=1。(「なお1以外の答え」という制限からは本来答えとならないぶん)
  2. 𝑘=1なら、任意の𝑛で式(42)が成立するには𝜑=2𝜋/𝑛。これは[(2𝜋/𝑛)×1]°つまり式(39)の解は𝑥=exp(𝑗2𝜋/𝑛)。
  3. 𝑘=2なら、任意の𝑛で式(42)が成立するには𝜑=4𝜋/𝑛。これは[(2𝜋/𝑛)×2]°つまり式(39)の解は𝑥=exp(𝑗4𝜋/𝑛)。
  4. 𝑘=3なら、任意の𝑛で式(42)が成立するには𝜑=6𝜋/𝑛。これは[(2𝜋/𝑛)×3]°つまり式(39)の解は𝑥=exp(𝑗6𝜋/𝑛)。
  5. 𝑘=𝐾なら、任意の𝑛で式(42)が成立するには𝜑=2𝐾𝜋/𝑛。これは[(2𝜋/𝑛)×𝐾]°つまり式(39)の解は𝑥=exp(𝑗2𝐾𝜋/𝑛)。

となり、図14の極座標上で𝑛乗根の「𝑛」の大きさを決めれば、図中の右手方向(角度ゼロ= +1)をスタートに、(2𝜋/𝑛)°ステップで刻まれていく(𝑘=0,1,⋯,∞となる。𝑘は負数でもかまいません。また周期性から2周目以降は意味を成しません)角度(極座標表現での複素数)として表すことができます。つまり式(39)の答えは、

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図14. 𝑥𝑛=1 を極座標上で考える(𝑛=6の場合)

これをオイラーの公式で一般的な複素数表現(直交座標)で表せば、

𝑥=cos(2𝑘𝜋/𝑛)+𝑗sin(2𝑘𝜋/𝑛) ただし𝑘は任意の整数 という答えになるわけですね(まあ𝑘=0,1,⋯,∞なので、根の数は無限ですが…)。

 

三部作のつづく編では

ということで、あっという間にかなりのページ数を数学ネタ、回路理論計算ネタで割いてしまいました。アメリカの数学の教授の退官講義だか執筆した書籍(これも詳細な記憶がなく…)でも、「オイラーの公式」に長大な部分を割いていたという話もあり、やはり、それだけ奥の深いものには間違いありません。

この技術ノートでも同じように、「自分が興味のある技術分野を」というか、「自分が長年の疑問である分野を」という感じで、長大な部分を割いてしまったわけであります。

続く中編TNJ-033、後編TNJ-034では、この前編での理解を用いて考えることのできる「複素ミキシング」という方式を、アナログ信号処理による「イメージ除去ミキサ」、またデジタル信号処理によるものとして超高速ADCのデータシートの中で出会った図のスペクトルという話題に進めていきたいと思います。

 

参考文献

[1] 吉田武; オイラーの贈物 ― e=−1を学ぶ, 筑摩書房

[2] https://en.wikipedia.org/wiki/Rotation_(mathematics) (このうちのTwo dimensionsの部分)

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著者

Satoru_Ishii

石井 聡

1963年千葉県生まれ。1985年第1級無線技術士合格。1986年東京農工大学電気工学科卒業、同年電子機器メーカ入社、長く電子回路設計業務に従事。1994年技術士(電気・電子部門)合格。2002年横浜国立大学大学院博士課程後期(電子情報工学専攻・社会人特別選抜)修了。博士(工学)。2009年アナログ・デバイセズ株式会社入社、現在に至る。2018年中小企業診断士登録。
デジタル回路(FPGAやASIC)からアナログ、高周波回路まで多岐の電子回路の設計開発を経験。また、外部団体主催セミナーの講師を多数務める。